第六話

 そのあと多少モミジの妄想をけん制してから照山家を出て帰宅し、それからは普通に夜を過ごした。そうして早寝しようとしたところへ奥歯の疼き――赤仮面出動の催促だ。

 赤仮面の出動は昼夜を問わない。というより、おじさんが俺の生活を考慮してくれない。

 睡眠時間を削り眠い目をこすっての出動。そして今夜もまたやり甲斐のない内容だった。これまでにも何度か対応した「バイクの集団暴走」だ。

 田舎なので深夜ともなれば交通量はほどんどなくなるので他の通行の邪魔になるということもほとんどない。しかし数少ない出動機会をおじさんは見逃すはずはなかった。内容も他の落し物探しなどに比べればずっと派手というところも理由になる。

 道路に立ちはだかっていると段々遠くに見えてきた。このまま来ればねられる。

 おじさんから聞くところによるとこのふざけた全身タイツは戦車砲も通じないくらい頑丈でパワフルらしい。体験としては前に一度彼らのバイクにぶつかったことがあるが、まるで痛くも痒くもなかった。指一本で車を動かすパワー、家一軒軽々飛び越す機動力。少なくともこの町内に恐れるものは何もない。

 従って今夜の敵も楽勝だ。

「夜の静寂と睡眠を妨げる無粋な輩よ! 失われた成長ホルモンの嘆きを聞け! 宇宙ヒーロー赤仮面、ノンレム睡眠の地平まで……んぅ?」

 ヒーローに不可欠な(強制されている)名乗りを始めてはみたものの、なにやら様子がおかしい。前見たときにはノロノロと蛇行していた彼らが今夜はスピードを上げまっすぐに走っている。

 理由はすぐにわかった。爆走するバイクの後ろに金属の塊が見える。金属面をチューブで繋いだ構造物。巨大ロボット――そうとしか呼びようのない代物しろものだ。ついでに言えば悪玉だ。

 蛸か蜘蛛かを模したらしい節足がアスファルトを割り、樹木を薙ぎ倒し、道路をムチャクチャに破壊しながら暴走族を追いかけこっちへ向かってくる。

 あんなフザけた機械は当然地球上の文明に存在しない。つまりはメイドイン宇宙だ。

「見つけたぞ赤仮面。やはり悪あるところに正義は現れるのだな」

 よく見るとロボットの上に誰かがいた。凶悪なメイクと刺々しい衣装は初めて目にする物だが、背格好といい抑揚のない口調といい、考えるまでもなく正体は察せる。

「なにやってんですかおじさん。珍しく通信でヒーローらしさがどうのと口出ししてこなかったと思ったらこれですか」

 第一宇宙関係ならこの人以外にはモミジしかいない。

「違うな、マッドなる我が名はプロフェッサー・イザニティ。貴様はここでテコ入れによって苦戦する運命なのだ」

 これなら宇宙のテクノロジー同士、ヒーローの敵として見合う。暴走族を相手にするよりはずっと良い映像が撮れるだろう。

(いや俺は活動の内容を充実させてほしかったわけじゃ……。でも2号案じゃなくてよかった。新しい犠牲者は出なかったんだ)

 心境を整理しながら待ち構える間に左右をバイクが走り抜けていく。

 今はもう彼らを相手にしている場合ではない。なにかを持て余しているだけのイタイケな青少年たちと、凶悪ロボットを操る宇宙人。ヒーローとしてどちらを討つべきかは明快に過ぎる。ものすごくめんどくさくて、果てしなく馬鹿馬鹿しいとしても。

(あーあ、とうとう事件まで仕込みになっちまったよ。これでいよいよ『ヒーローごっこ』になったワケか。トホホ)

 間近に迫った節足が目の前の路面を砕いた。瓦解がかいが足元まで及んで崩れる前に、強く低く後ろへステップ。更に追ってくる巨体を見上げ左右にブレながら距離を置きつつ長く息を吐く。現在の状況について少し頭を落ち着けて考えたい。


・おじさんに逆らうことはできない。

・おじさんは悪の科学者〝プロフェッサーなんとか〟として現れた。

・おじさんは赤仮面の勝利を望んでいる。


 以上3点を簡潔に整理すると、以下のようにまとめることができる。


・おじさんに逆らうことはできないので、おじさんをやっつけなくてはならない。


 矛盾を含んでいるようにも思えるが、どうもこれが正しい。

(コレ……チャンスなんじゃないか?)

 おじさんが悪役として舞台に立つのなら、やっつけて文句を言われる筋合いはない。悪役はヒーローに倒されるのが筋合いだ。

(つまり俺はおじさんを――〝プロフェッサー〟をボコボコにしていいワケだ)

 夢に見た立場逆転。あとに響くくらい徹底的にやっつけてしまえば秘密にしている情報をすべて聞き出せる。モミジのことも口の中の爆弾も、すべて丸く収まる。きっとだ。

(もしうまくいかなくても、おじさんをブチのめせたらとりあえずそれでいい!)

 高く飛び、手足を思い切り振り回す。さっきまで「眠い」と怠けたがっていた体が昂ぶる心に突き動かされて躍動する。かつてないほどの気力で全身が充実した。

「そういうコトなら今夜はトコトンやってやる! 宇宙ヒーロー赤仮面、俄然やる気でここから絶頂!」

 いつになく気合が乗ってポーズもバッチリ決まった気がする。しかしここではもう出来は関係ない。この戦いが終わったとき、ヒーローを評価する司令はもういないのだから。

(俺のことより、モミジを自由にしてやれる!)

 揃えて着地した足を滑らせ前後に開き、膝を溜め拳を握ると筋力以上のエネルギーが漲る手応えを感じた。車を押したり思い買い物袋を持ったりする町内の活動では今まで必要ともしなかったスーツの力、存分に奮えばどうなるかは俺にもわからない。

「いくぞ鉄拳、正義の制裁! さあ今こそ真価を見せろ、魔法的科学オーバーサイエンス!」

 地面を蹴れば百メートルほどの距離を一瞬で詰め、拳を突けばアスファルトを易々と割るロボットの足がボロボロに砕けて散った。爆発に巻き込まれても熱も息苦しも感じない。

 一撃の戦果に驚きはなかった。超人じみた万能感が「このくらいできて当然」と教えてくれる。このスーツ――赤仮面は町内限定ながら〝宇宙〟ヒーローを名乗らされた。ならば〝活躍〟の幅は初めから宇宙規模だ。地上でタコ虫ロボットを小突き回すのに苦労するはずがない。

「君は露骨だね。僕が敵に回った途端にそれかい。」

 おじさんに狙いを悟られてしまった。ハシャぎ過ぎたかもしれない。

 だが問題はない。このシナリオの優れたところはおじさんが自分で路線を変更することができないところだ。彼は悪役としてヒーローに敗れなくてはいけない。なので当然爆破もNGだ。

「俺をヒーローにしたのはアンタだ。改造人間は自分を造り出した組織に復讐を果たすもんなんだよ。全力で派手な映像にしてやるから、その代わり今夜が最終回だ!」

 地面を強く踏んで頭上を睨む。足元からロボットの本体を貫き、上に陣取っているおじさんを捕まえる狙いだ。

(まずは俺の爆弾を操作するスイッチかなにかを取り上げる!)

 既に成し遂げた気分で飛び上がった。7年ぶりに平穏が戻ってくる。そう信じて。

 ところが、拳はロボットを砕かなかった。べこんと音を立て装甲がわずかに窪んだだけで、ダメージにはなっていない。さっきの一撃が嘘のようだ。

「そんな……? なんで急に!」

 ショックから醒めないうちに重力が体を引き戻す。仰向けに倒れた体のどこにも、もう超人じみた万能感は残っていなかった。

(もしかして、パワーをコントロールされてるのか? でもそれじゃ、おじさんの目的だって果たせないのに)

 悪のロボットを破壊できない弱々しいヒーローの図は望むところではないはずだ。

 標的にされてスーツの出力を操作したが、誤って弱くし過ぎてしまった。そういう風なら納得もできる。

(まさか! 今夜のコレって〝テコ入れ〟じゃなくて〝主役交代〟だったりして)

 テレビのヒーローや巨大ロボットが敵にボロボロになっているところで新戦力の登場、という演出は昔よく見た。今までの活動に不満を抱いていたおじさんが冷酷な決断を下したとしても驚きはない。

「それじゃダメだ! モミジは俺が――俺がモミジを守るんだ!)

 夢中でもう一度拳を握って飛び上がると、今度もまるで手応えがなかった。

「えっ……あれっ?」

 視界が晴れて星空が広がっている。かと思うと足元から爆音が聞こえて、見下ろすと遠くに炎がみえた。

「って言うか……と、飛んでる!」

 足の向こう見えるのはよく知った町並の、見慣れない角度からの光景だった。航空写真を眺めているかのようにスーツの暗視機能が映している。いくらスーツが無敵の性能でも、ここまで高いところへ来たことはかつて一度もない。

「あ、いや、違うや飛んでない――落ちてる! うわわうわわわ!」

 真っ逆さまになって顔面から墜落した。痛みはなく、バタンと倒れたのはさっきまで自分がいた路上だった。

(なんだコレ……? 今、なにが起こった?)

 生きた心地がしない心境で目に映るのは変わらない星空と、白煙を上げる半壊したロボット。さっき空から見た地上の炎を思い出し、現状を把握した。

 攻撃は通用するどころか、手応えもないくらいアッサリ貫いた。そして余った勢いで空へ飛び上がった、ということらしい。

「やっつけたんだ……。っていうことは――しまった!」

「フーッハッハッハ! 一時はどうなるかと思ったが、さすがだ赤仮面。だが次はこうはいかんぞ! フーッハッハッハ!」

 こういうタイミングでの敗走は悪役の振る舞いとして実に相応しい。おじさんの声が遠ざかっていく。いつもの浮く椅子で、かなりスピードが出ていて速い。

 だがそれはあくまでも地球人目線での「速い」だ。ヒーローを振り切れるほどではない。

「逃がすか悪党! 赤仮面を舐めるなよ!」

 ヒーローの建前を維持しながら思い切り地面を蹴り飛ばすと、一瞬で視界が切り替わった。同じ高さに建物はなく(そもそも町内だと3階建ての学校が一番高い)山並さえ飛び越えてまだ上昇している。この先何度成長期が訪れようとも絶対に拝めない景色だ。

「これ5歩もあれば町を横断できるんじゃないか? やっべ、スーツ着て町内から出たら爆死するんだから、外に向かって飛んでたら危なかったな。さすが宇宙ヒーロー……って、あ! コレはしゃいでる場合じゃねえ!」

 地表の町を見下ろせば、スーツが視力を強化して豆粒以下の家々もクッキリ見ることができる。着地――というより墜落する地点は八十八家並びに照山家が

 しかし今回は「直るから平気」と見過ごすわけにはいかない。なにしろ始まった放物線落下が向かう先には八十八家・照山家がある。スーツのおかげで自分が傷を負う心配はなくても、古い木造家屋は間違いなく粉々になる。

「夜中にいきなり家一軒無くなってみろ! そのときはモミジがどんな設定を作るかわかったもんじゃない!」

 両手足を下へ広げて空気抵抗を増やしてはみても速度はまるで落ちない。

「うおおっ! 宇宙人も爆弾も身長も、全部丸く収めてやろうっていうのに、こんなトコで自分の家ぶっ壊してたまるか!」

 幸い家の近くには学校がある。その方向へ軌道がれるよう、懸命に宙を泳いだ。

「うわぁぁーっ! こんなにも学校に行きたいと思ったのは初めてだ!」

 モミジとずっと家にこもっていたほうが安全と登校拒否宣言をして爺さんに叩き出されたことを思い出し、それが走馬灯にならないよう祈りながら手足を動かす。

 敷地を囲むフェンスをかすめて、体は校内に滑り込んだ。素早く身をひるがえして校庭につま先を滑らせ片足を突っ張って体を支える。

 大きく息を吐く。期待した以上にうまく着地できた。多少地面を擦った跡残っている程度でまさかあんな高さから落ちてきたとは思えないくらいだ。

「おかえり」

 急に声をかけられ振り向くとおじさんがフェンスの向こうに立っていた。普段のボサヨレの格好に戻っている。

(やべえ……それどころじゃなくて、すっかり忘れてた)

 さっきまでのおどろおどろしい悪役の立場から変わっているということは、今の彼は俺を爆破できる。

「強いられたルールの中で我を通して動く、なかなか良い機転だったよ」

 感情が読めないヒトだけに怒っている様子は伝わらないが、それがかえって怖い。

「えーと……。その、なんかテンションが上がっちゃって」

「仮に僕を殺せていたとしても、君に埋め込んだ爆弾が時限式で、定期的に残り時間をリセットしなければいずれ爆発する――そういう仕組みだったとしたらどうするつもりなんだい?」

 正直まったく考えていなかった。とにかくやっつけてしまいたいという一念に突き動かされた結果のことだ。その可能性を考えれば今後またおじさんが悪役を演じるとしても迂闊に過激なことはできない。

 しかし反省するよりも、おじさんの言い様に含まれたひとつの誤解のほうが気になった。

「俺、おじさんを殺すつもりなんてないですよ。いや別に爆死したくないから言ってるわけじゃなくて……。だっておじさんはモミジの父親じゃないですか」

 今でこそモミジはそう思っていないものの、それでも彼は父親だ。同じ宇宙人という真実を知ったあとで「父の仇」として恨まれるのは困る。

「君は……シンプルなルールで生きているんだなあ。この期に及んで復讐心に火が付かないとは驚きだ」

 感心するよりもまず「殺される」と思うようなことを俺をしないでほしい。そう思ったが、叶わない望みは口にしないでおくことにした。

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