第五話

 俺、八十八宗やそはちたかしは改造人間である。ごく普通の中学生というのは仮の姿に過ぎない。宇宙政府に反目するレジスタンスというのはモミジの妄想に過ぎない。幼馴染を守っているというのはそうありたい俺の理想に過ぎない。

 一体何重生活になっているのか自分でも時々見失いそうにもなるが、一番根の深いところは宇宙人に従う哀れな子分ということだ。

「前から言っていることだけれど、君は変身ポーズをどうにかすべきだ。終電を逃しそうなゴリラだってもう少し優雅に振る舞うものだよ」

 暗い部屋でモニターを見つめ、おじさんがわざとらしいため息をついてぼやく。わずかな光源が照らすテカテカしたエナメルシーツのスーツ。そんなバカみたいな恰好をしたヒトに言われたくはない。

 そのモニターには赤い人影が映っていた。

 人影と言っても明るさが足りずにぼんやりとしか見えないわけではなく、凹凸のないつるんとした表面がくっきりと映し出されている。顔まで覆った人影そのままの、まさしく全身タイツだ。輪をかけてバカみたいであるから、今のおじさんを笑えはしない。

「ゴリラは終電逃がすだけで、爆死はしませんからね」

 映像は赤い全身タイツが家々の屋根を跳ね、弾丸のように宙を飛ぶ様子を捉えている。電車も鳥も比較にならないほど速い――明らかにただの地球人では不可能な、驚異の運動能力だ。

 しかし俺はこの映像に目を見張るより、背けたくて仕方がない。

 アレは俺だ。全身タイツを着ているのが俺だ。知り合いだらけのこの町で、猛スピードで横切るまっかっかが俺だ。

(しっかし映像で客観的に見ると、俺ってホント小さいな……)

 などといった悲しい感想まで出てきてしまう。

「君は自分が『宇宙ヒーロー・赤仮面』だということをもっと意識すべきだ。そうすれば振る舞いも、もっと違ってくるはずなのだから」

 要するに、俺はおじさんに「ヒーローごっこ」をやらされている。宇宙のテクノロジーが詰まったヒーロースーツを与えられ、町に事件や事故が起こればただちに現場へ急行し即問題を解決。それが俺の「赤仮面」としての使命だ。今は出動から戻ってきたところで、活動記録をモニターに映して反省会中、という立場らしい。

 以上のなにひとつ納得できない。

 やり場のない気持ちを堪え、モニターを指差す。

「一体これのどこらへんがヒーローなんですか? ただ単に分類の難しい変質者じゃないか!」

『宇宙ヒーロー赤仮面、ただいま参上!』

 懸命に否定する最中、映像の自分が堂々と名乗りを上げた。途端に心が挫け言葉が詰まって次が出てこない。

「うん。ヒーローそのものだ。このポーズはちょっといいね」

 我が身があまりにも情けなく、底のない穴で永遠に落ち続けていたいくらい恥ずかしい。モニターの中の滑稽なヒーローより今の俺の顔のほうがきっと赤い。

「なんで俺がこんなことに……」

「なぜ君を選んだかということについて言及すれば、君にはその素質があり、必要があり、家が隣だからだ」

 悪の宇宙人。モミジの父親。このヒトに聞きたいことはいくらでもあるが、なにしろ命を握られているくらい不利な立場ではマトモに質問すら取り合ってもらえない。なのでモミジのマネをしてちょっとした会話から推測することだけが真実を知る唯一の方法だ。と言ってもこれまでのところ収穫はない。

 なにしろこのチャランかつポランである宇宙人が口から出すのはたわ言ばかりで、やることなすことが酔狂としか思えない。

 普段は髪も服もボサボサ・ヨレヨレな格好で過ごすおじさんが髪をぴっちりオールバックに整えテラテラ光る素材のスーツを着こなしている。完全にヒーローを指揮する司令官を気取りだ。

 そしてこの部屋。モニターや何かのメーターは暗闇に浮かんでいるように見え、ここが室内だという認識さえ狂う。それこそ宇宙にいるかのようだ。赤仮面秘密作戦基地、らしい。

 これが酔狂以外のなんだと言うのか。

「ああ、そうか。君の言いたいことがわかったぞ」

 奇抜な司令官ファッションの今も普段と変わらず表情は死んでいる。身振りだけのハイテンションが増して不気味だ。

「君は仲間が欲しいんだろう? いいね、そういうの僕も好きだよ。君のピンチに颯爽と現れる『2号』。うん、いいじゃないか。テコ入れ、考えておくよ」

 突然言い出すことがこれだ。俺の仲間とはつまり宇宙人の被害者という意味でしかない。

「いやいやいや、要らないよ仲間! この町は平和でピンチなんてないんだから」

 赤仮面の活動は町内に限定されている。なので対応する問題もそれに見合ったスケールでしかなく、迷子の案内から喧嘩の仲裁といった瑣末事ばかりだ。現に今映像で流れている今回の出動も農家の軽トラックがタイヤを溝に落としただけだった。

「コレ、もう1台車を呼ぶだけでなんとかなることじゃないか。ヒーローが手を出すようなことじゃない!」

 妥当な主張のはずだが、おじさんは冷徹に鼻を鳴らす。

「『なにを救うか』を選ぶようじゃ『ヒーロー』は名乗れないのさ」

「名乗りたくないんだけどな? 俺は改造人間だけどヒーローじゃない。ただの哀れな宇宙人の手先だ! ああ、自分で言ってて悲しくなる!」

「ヒーローにとって大切なのは『どのように』救うかだ。カッコよく勝利する、それこそが君の歩むべき王道なのだよ」

 おじさんは勝手に喋っている。聞くに堪えない妄言だが、その中にピンと来るものがあった。

「もしかしておじさんって……宇宙のテレビ番組みたいなのを作ってるんですか?」

 地球にいる事情は「転勤」と聞いている。しかしおじさんは一日家にいるらしく秘密裏に何かをして働いている様子はない。

 こうしてヒーローごっこを映像として記録する習慣。それと名乗り口上やポーズなど、やたら画面映えを気にする趣向を踏まえれば、そういうことではないだろうか。

「いやでも、こんなの宇宙人が観ても喜ばないよな。車を道に戻すだけなんて、フィクションだと思えば地球人の目から見ても退屈だもんな……」

 赤い全身タイツ――「赤仮面」に変身すれば車を軽々持ち上げ、家を跳び越えるくらい楽勝でできる。しかし宇宙の技術を地球に持ち込んでいるからすごく見えるのであって、宇宙では難しくないことならエンターテイメントとして成立するはずがない。第一やっていることがつまらない。

 期待せずに思いつきを話しただけだったが、突っ込んだ質問には返事をしないおじさんが珍しく反応した。口元を歪めて笑って見せている。

「いやあ、悪くはないさ。他愛もない未熟者が簡単な試練に四苦八苦するサマは愉悦を感じるだろう? 地球にもあるアレだ、『はじめてのおつかい』」

「子供の挑戦をほほえましく見守る番組をゲスの楽しみみたく言うな!」

 俺の人生の恥部(ヒーロー活動)は宇宙人の感覚で言えば幼児のお出かけレベルらしい。馬鹿にされて腹が立たないわけでもないが、ヒーローとして評価されたい欲はないのでどうでもいい。聞き流せる。

 それよりおじさんが番組制作を本当にしているのなら、問題にしたいことは他にある。

「いやもう、こんなこと2年近くやってるじゃないですか。そろそろ番組企画を変更する時期に来てるんじゃないですかね。つきましては俺を自由にしてください」

 爆弾を埋め込まれたのは5才のときで、そのあと十才でまた再改造されてからずっと変身ヒーローをやらされている。今年で3年目だ。活動内容はずっと今日のような調子なので、そろそろ飽きが来てもおかしくはない。と言うより最初から拷問だ。

 現に提案を聞いたおじさんは顎に手を当て考え込み始めた。

「ふぅん、それじゃ『地球人殲滅映像』にしようか。か弱い虫ケラが懸命に試みる抵抗……それはそれで需要はある」

「あ、なんか急にやる気出てきた。俺ヒーローがんばりますね!」

「そう? やめたくなったらすぐに言いなさい。君の爆発を開戦の号砲にするから」

「がんばりますね!」

 この宇宙人は徹頭徹尾、地球人の生命を軽んじている。命の危機に晒されている俺自身が丁度いい証明だ。


 俺が爆死する条件は「彼ら宇宙人の存在が他人にバレる」を除いても、「赤仮面」としてだけで5つある。


・一つ、赤仮面は正義のヒーローである。悪や平和の乱れを感じ取ったなら(歯が疼いた時)直ちに急行しなければならない。これを無視した場合、たちどころに爆発する。

・一つ、赤仮面は正体不明の覆面ヒーローである。他の誰からも正体を隠さなければならない。知られた場合、たちどころに爆発する。

・一つ、赤仮面スーツは一つきりである。けっして奪われてはならない。他者の手に渡った場合、たちどころに爆発する。

・一つ、赤仮面スーツは必要時(歯が疼いた時)にのみ着用すべし。私用で用いた場合、たちどころに爆発する。

・一つ、赤仮面の担当区域は町内のみである。この区域外で赤仮面スーツを着用した場合、たちどころに爆発する。


 以上が「赤仮面爆死の五則」だ。要するにマジメにご当地ヒーローをしていなければ死んでしまうことになる。

 一応は町の平和に貢献できるとしても、おじさんの掌の上では能天気に喜んでいるわけにもいかない。なにもかもを秘密にされ一方的に命令される弱い立場ではいつまで経ってもモミジを救えないからだ。

 ただし今回は珍しく収穫があった。

(おじさんが番組を作ってるっていう推測……結局否定されなかったな)

 だからそうだと決め付けはしない。そんなことを知ってどうするとガッカリもしない。ただそのことを憶えておく。いつかモミジに、今は俺も知らないすべてのことを話す日を楽しみに、ただこのことを憶えておく。


「再びこの町が災いに悲鳴をあげるそのときまで、しばし体を休めるがいい。さあ行け、ヒーロー!」

 これは解散の宣言だ。おじさんが床から生えたレバーをギッチョンと倒すと、一瞬で明るくなって壁・床・天井が現れた。照山家の奥、モミジの部屋とは逆側にあるおじさんの書斎だ。単に明かりがついたというわけではなく、モニターがあったはずの場所もびっしり本棚になっているからには本当に部屋が替わっているらしい。

「変身ポーズ、考えておくようにね」

 部屋の変貌と同時におじさんもテカテカからボサヨレに戻っている。服が替わるのはともかく、整えていた髪がなぜ乱れるのか。どうにも理解できないことながら、3年目の今となってはさすがにスルーできる。

「……おつかれっした」

 リクエストにうんざりしながら部屋を出る。

(毎回新ポーズじゃないと爆死――とか、爆死条件増やされないだろうな……)

 廊下を進むと広間のダイニングにモミジを見つけた。ここからおじさんの書斎はすぐ近くだが、秘密作戦基地状態なら魔法的科学オーバーサイエンスが完全防音を保証している。どんなに騒いでも悲鳴をあげても聞こえる心配はない。

「モミ――えっ?」

 向こうもこっちに気が付いたので声をかけようとすると、モミジは突然平手を顔の横に構えて敬礼のポーズを取った。誇らしく微笑んでいる。

 どうやら俺をねぎらっているようだ。慌てて出て行くのを見たせいで、「よほど重大な任務を果たしてきたに違いない」と思っているのだろう。

(ああ……スマン。宇宙人の手先でスマン)

 踵を合わせ揃えた指をこめかみへ。心境が顔に出ないよう注意して、見た目だけは頼もしく見えるよう精一杯力強く敬礼を返した。

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