第一話

 傷口に大きめのガーゼを当ててテープで留めてから膝サポーターでガッチリ覆い、逃げるようにコソコソと学校を出た。俺もモミジも部活には入っていないので下校はいつもふたり一緒だ。というより合わせている。

「大丈夫かな。誰かにバレなかったかな。心配だよぅ」

 ほんの擦り傷なので歩く分には支障がない。それでもビクビクと周囲を気にするモミジは普段以上に不審になっている。

「心配しなくてもちゃんと隠れてるからバレないよ。また転んでも俺がごまかしてやんぜ」

 気楽に答えて腰のポーチをポンと叩いて見せた。

 モミジがケガをした場合に備え、常に救急道具を持ち歩くようにしている。傷の治療より「今日は白血球が多くて」ではごまかせない驚きの白さを見られないことが最優先なので、それ用にガーゼ・包帯・サポーターなどなど傷口を覆う道具を揃えている。

 物音に過敏に反応してはキョロキョロしていたモミジが歩調を遅め、長く安堵の息を吐く。

「タカくんたち宇宙人に透視能力がなくてよかったよ。もしそんなことできたら、こんな風に隠したってダメだったもん。……ないよね? 透視能力」

「安心しろ、そんなエッチな能力はない」

 モミジの血の色は白くて、俺の血の色は赤い。自分と血の色が違う相手は宇宙人。それはすごくすごく正しい。

 その判断基準をモミジも確かなものと信じている。七年前には俺のほうが「俺は宇宙人なのかもしれない」と自信を失ったくらいだ。

 しかし当然、地球人の血は白くない。異端なのは俺ではなくモミジだ。

 それを教えるため嫌がるモミジにホラー映画を見せたことがある。単純にホラーが苦手でクッションに顔を突っ込みながらも「これは作りものだからだよ」と反論するモミジに、俺は次々色んな映像を見せた。

 殺人鬼に襲われる人々も、当時はよくわからなかった輸血袋も、敵の攻撃を受けた特撮ヒーローも、俺以外の人間も流す血は赤い。俺はモミジに「お前は違う」「お前は人間じゃない」と言い聞かせたことになる。子供ながらに容赦なかったと思う。

 段々と何も言わなくなったモミジを見て俺は自分がひどいこをしていると気づいてしょんぼりした。ところが当のモミジは真実に打ちひしがれるころかおかしな設定を生み出していた。


「大変だ。地球は宇宙人に乗っ取られている」


 これがどういうことか、詳しく説明すると以下のようなことになる。

・一見同じ人間に見える別の生命体がこの地球には暮らしている。彼らは宇宙人である。なぜなら自分は宇宙から来た記憶がないので絶対に地球人だから。

・地球は既に宇宙人に乗っ取られている。なぜならみんな血が赤いから。

・宇宙人は地球人と入れ替わり、地球人のマネをして生活している。なぜなら地球の文明がどこかで宇宙レベルに飛躍したような様子はないから。(電子レンジは怪しい)

・宇宙人は地球人の文化が好き。なぜならそっくりそのまま生活しているから。

・入れ替わりが起きたのはここ十二年以内。なぜなら自分だけ入れ替わり損なっているから。見つかったら自分も宇宙人と入れ替えられる。

・「お隣のタカくん」は地球人に寛容で宇宙人政府に反抗するレジスタンスの一員。なぜなら通報せずに隠してくれているから。


 最近になって知ったことだが、「正常性バイアス」といって「自分は正常だ」と思い込む心の働きがあるらしい。なにか違いがあるとしたら間違っているのは他人。そういう風に思考して精神を保護する。わからなくはない理屈だ。

 初めて事実を知ったモミジが正体不明の宇宙人になりたくなくて「自分は地球人である」と思い込むために必要な設定を作り上げた。自己防衛のための妄想。そういうことなんだろう。

 それからも生活の中で疑問を見つけるたびに辻褄を合わせる形で新設定が繰り出され、5年の歳月をかけ膨らんだ現在の状態からもまだまだ成長中だ。

(俺だって全部を把握してるワケじゃないし、わかってても次に何言い出すかは読めないもんなあ。ホラ、今にも……)

 ビクビクして横目に見れば、モミジは早速何か閃いた顔をしていた。

「もしかしてさっきのひとたちって私のことを怪しんでて、調査するために誘い出そうとしたんじゃ?」

 モミジがどれだけ妙なことを言い出しても口出しはしないことに決めている。否定したくても代わりに打ち明けられる真実を持っていない以上ヤブヘビにしかならない。

「フフ……どうだろうな」

 新たに加わる設定が安全なものであることを胸の内で祈りながら、こうして意味ありげに微笑んで見せることしかできない。

「これからはもっと気を付けて行動しなくちゃ……。うぅ、なにがいけなかったんだろ?がんばって馴染んでるのにな……」

 モミジが深い息を吐く間も俺は微笑を保ち続ける。頓狂なその妄想を壊さないよう沈黙し、ついでに「馴染んではいない」という本音も隠しておいた。

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