ご近所スペースオペラ おとなりエイリアン【改訂版】
福本丸太
プロローグ
突然だが、宇宙人は存在する。
7年前、当時俺が5才の夏――幼馴染と山で遊んでいたときのことだ。
俺は高い所にいる虫を捕まえようとして、うっかり足を滑らせ木から落ちた。
幸い落ちた所が厚く重なる枯れた枝葉と柔らかい土だったおかげで大した痛みもなかったが、膝を擦って出血してしまった。ただほんの軽いケガで、それより元からグラついていた乳歯が弾みで抜けたことで「わぁやった」とのん気に感動していられるほど些細なものだ。
それなのに、ケガを見た幼馴染の驚きはとてもとても激しいものだった。
その驚きがどれだけ強いものか、俺もそのあとすぐ知ることになる。
「血の色が変! タカくんは宇宙人だ!!」
そして、辛い嘘と苦しい妄想の幕は開ける。
窓際でおしゃべりする生徒、忙しく廊下を駆け抜けていく生徒。みんなが思い思いに過ごす放課後の学校は特に平穏な風景と言える。
(事実とは不釣合いに、か。……おっと)
つい漏れそうになったため息を口の中へ閉じ込める。
隠された秘密についてこの場の誰かに責任があるわけでもなく、それを知っていることで俺が誰かより上等になるわけでもない。
(表面上だけでも平穏にしていられるのは、ありがたいことだよな)
気を取り直してトイレを済ませ、早足で自分の教室へ戻る――その直前、ふと思いついて入口で立ち止まった。
(ちょっと……様子を見てみるか)
戸に身を隠して中を覗く。見たいのは教室後方の席、やたら姿勢正しく座っている女子生徒だ。
「いぃっ――ひゃあっ! な、なんですか?」
モミジが素っ頓狂な声を上げる。極度の緊張のせいだ。元々背筋が伸びていたのも行儀が良いからではなく、同じ理由からだ。
様子を窺えばモミジの前には男子が3人並んでいて話しかけられている。
「いやだからさ、今度の日曜オレたち市内の方に行くんだけど……なあ?」
普段は周りに遠慮することなくワイワイ騒いでいる連中が、珍しく気後れして誰が話すかを譲り合っている。
「それでその……照山さんも一緒に行かねえ? って話」
クラスメイトを遊びに誘う。これもまた平穏な風景と言えるだろう。
ただし受ける側、モミジの反応は吊り合わない。
「アワワワ! 私はえーと週末その、タカくんと家で――」
引け腰な作り笑いは落ち着きなく向きを変え、体は机に揺れを伝えるほど震えている。
男子たちはモミジと一緒に遊びたいだけだ。もちろんその胸の内には下心が隠されているし、ときにそれは女子にとって危険かもしれない。それでも今は、クラスメイトから遊びに誘われているだけだ。態度が脅迫じみているわけでもない。
だと言うのにモミジの恐れぶりにはイジメられているかのような雰囲気すらあった。
(うーん、今日もダメだな)
相手が女子だったとしてもモミジの態度は変わらない。とにかく他人を避けようとして今年この中学に入ってからはもちろん、小学校でも友達を作る機会を逃し続けた結果、現在ではあのように下心に引っ張られた男子しか寄ってこなくなった。
せめてもう少し他人に慣れてくれたらという願いがあるからこうして見守ることにしてはいるものの、やはり面白くはない。
「ねえ、いいじゃん。俺ら照山さんと仲良くしたいんだよ」
「ううん、えっとね……タカくんが……」
「お願いお願い! 他の仲間にも紹介するし、っつーか自慢するし」
恐がるばかりでハッキリ断る姿勢を見せないせいか、男たちはしつこく食い下がる。友達ができるなら望むところのはずだが、今すぐ出て行ってぶち壊してやりたいのが本音だ。
「その『タカくん』って、
俺のことが話題に出たかと思ったら、まるで変質者扱いされた。
事実としてはむしろモミジが俺について来るのだが、客観視した魅力のバランスから考えると逆の印象が付くのはわかる。むしろ自然だ。コソコソ覗き見して通行する生徒から不審視&ヒソヒソされるこの状況はまさに現行犯。不本意ながら言い逃れできない。
「違うよ! タカくんは私を守ってくれてるんだから」
反論はモミジが代わってくれた。(当人にしては)大きめに声を張って、精一杯勇気を振り絞ったのだとわかる。
だが、それはかえって男子たちを勢いづかせた。
「守るって、あのチビが? 一体なにからだよ」
「それは……」
(……限界だな、色々と)
一歩目を力強く踏み鳴らし教室へ入った。
「お前たちみたいなスケベなケダモノから守るんだよ。俺のモミジに邪悪なちんちんを向けるな。春を待たずにもげ落ちろ」
「あぁっ? 今なんつったチビ」
睨み付けた同じ強度で怒気が返って来る。
俺の背丈(およそ125センチ)は不本意ながらこいつら(およそ150センチ)の胸の辺りまでしかないので、近づくほどに首が痛んで仕方がない。
「――もう、タカくん! どこ行ってたの!」
間にモミジ(160センチ)が割り込んできたことで睨み合いは否応なく中断した。〝闘争心よりデカいほうが強い〟という野生の法則が学校の教室でまかり通る。
「どこって、言っといたろ。トイ――うぉっ?」
返事をする前に腕を引っ張られ教室の外へ連れ出された。そのまま廊下を進んで人目を避けた突き当たりの柱の陰へ入り、顔をぐっと近づけてくる。
「私がどんなに不安だったかわかる? すっごく恐かったんだから!」
潜めた声で叱られた。顔つきは真剣そのものだ。そのものだが、起きた出来事は目撃しているのでそのテンションには付き合えない。
「いや、遊びに誘われただけだろ。どっちかって言うと見てた俺のほうが腹立った――うぉい、またかよ!」
気楽に答えようとした途中でまたも言葉は遮られた。掴んだ肩を前後に揺さぶられ視界が激しく上下する。
「見てたって、私のこと観察して楽しんでたの? そんなことしてる間に本当に遊びに行くことになったら大変だってわかってるくせに、イジワル!」
クラスメイトから遊びに誘われる。普通ならなんでもないことでこれほど錯乱して涙目になる事情がモミジにはある。ひとみしりだとか、多忙だとか、そういうことではない。
「もし私が本物の地球人だってバレたらなにをされるかわからないんだよ? 内臓を抜かれる! 丸い穴空けて!」
このたわけた妄想がその原因だ。
地球はあまねく宇宙人に乗っ取られ、自分以外の地球人は全員すり替わった宇宙人――そういうことになっている。もちろんモミジの頭の中の話だ。
たわけた妄想。脳内での設定。だが、本人はそれを信じている。
つまりクラスメイトに話しかけられただけの日常が、モミジにしてみれば宇宙人に包囲される異常事態になる。恐いはずだ。自分の作り話で勝手に苦しんでいるだけだが。
「みんながみんなタカくんみたく地球人に理解のある宇宙人とは限らないんだから、バレたら終わりなんだよ?」
モミジの正体を知りながら黙っている俺は反体制派の宇宙人ということになっている。
「だからちゃんと守ってくれないと私困るんだからね? トイレとか行かないで!」
「ええと……ハイ、そうですね」
モミジの頭の中だけの設定にどうして俺が従うのか。その事情もモミジにある。
「もういいから早く帰ろ? おうち帰ろう」
「あっ、オイ! そんなに慌てると転ぶぞ!」
急に駆け出したせいで案の定つんのめったモミジはバランスを崩し、そのまま大きな音を立てて転倒した。
「ああもう、言わんこっちゃない! 大丈夫か?」
すぐさま駆け寄り手を貸しても、モミジはうずくまってなかなか立ち上がろうとしなかった。ザワザワと悪寒が騒ぐ。
「タカくん……どうしよう。血、出ちゃったぁ」
体を小さく丸め膝を押さえたモミジが俺を見上げる、引きつる顔は小刻みに震えていた。
(ヤバい――! ヤバいと慌てることがヤバい。顔に出すな!)
鼻から長く息を抜き、動揺しそうになる心を落ち着かせてから隣に屈む。
「任せとけって。動かずにじっとしてればいいから」
可能な限りに柔和な表情を意識し、モミジの頭を撫でる。
こうすることで周りの生徒には「大したことじゃない」「手助けはいらない」と伝わって、集まった注目が早く散ってほしい。涙目になっているモミジには「こんなことはピンチでもなんでもない」「簡単にどうとでもできる」と伝わって安心させたい。
モミジが小さく頷くのを確認し、それから膝を押さえて――いや、隠していた手をそっとどける。そこあった傷口はぼんやりと白く光っていた。
「タカくんは宇宙人だ!」
七年前のあの日。木から落ちてケガをした俺の血を見て逃げ出したモミジは、思い返せば今日と同じように派手に転んだ。
違う点はそこが平たい学校の廊下ではなく山の斜面だったということ。
「痛いよタカくん、痛いよぅ。タカくん起こして」
その俺から逃げたことを忘れて泣きじゃるモミジの、体が白く光っていた。転がるうちにあちこちにこさえた擦り傷のせいだ。
血が白く光る。当然人間――地球人であるはずがない。
というわけで、宇宙人は存在する。俺の幼馴染、照山モミジは宇宙人である。
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