一霊四魂④
ケイコとナノは、二人でN駅までやって来た。
もう時刻は九時を過ぎており、こんな時刻に外出することは良しとされない時刻であったが、親の静止を振り払って二人でN駅まで来た。
そこで、すでにこちらについているだろうミドリに連絡したところ、ミドリと合流した兄はN署に行ったらしい。
「ケイコちゃん、ミドリちゃん達はN署だって! 受付は17時で閉まってたみたいだけど、お兄さんが事情を説明したら取り次いでくれたって!」
「そ、そっか……! 何かカリンの事は分かったの? 刑事さんが保護したって言ったよね?」
「まだ分かんないみたい……わたし達もN署に行こうか?」
ナノは、状況が気になってしまって、ミドリからの連絡を経由して進捗を聞くことにやきもきしたようだ。
できるならば、自分もその場でダイレクトに話を聞きたいと思ったのだろう。
「……まって、私らは、駅で話を聞いて回ろうよ。それから、学校のホームページから入れる生徒のコミュサイトで情報を募ろう」
「そ、そんなのあるの?」
「あるよ、入学した時説明されたじゃん。……まぁ、利用してる人なんてあんまりいないけど」
「ほかにも、できる事は全部やろう。ツイッターでもなんでもいいから、コミュサイトに情報を求むって」
「う、うん」
ケイコとナノは、それぞれにネットを利用し、情報を集め、同時に拡散するように書き込みをした。
藁にもすがる想いだったが何もしないよりは絶対にいいと、二人はカリンの事だけを考えていた。
それから、駅前でカリンの事を片っ端から聞きまわった。
時刻的に、土曜の九時という非常に浮ついた時刻であったため、夜を楽しむ若者が多かった。
「すみません、この子を捜してます!」
「なんでもいいので、見かけたとかありませんか?」
二人は手あたり次第に声をかけていき、情報を集めようとした――。
「急いでますので……」
「知りません」
そう言ってあしらわれるのはマシなほうだった。
中には無視をする人や、面倒臭いと露骨に邪見にする人もいた――。
更には……。
「え、何? この子、行方不明なの?」
「は、はい。何か知りませんか?」
ナノが飲み会の場所を探しているような大学生風の男性たちに声をかけた時だ。
「あ、オレこの子知ってるー。見た事あるよ」
「ほ、ほんとですか!」
シルバーアクセを色々と付け回した男が、なんだかおもしろそうに言った。
「うん、知ってる知ってる。なあ、お前も見たよなあ」
「え? あ、おう……へへ、見たよ」
話を振られた男は、話を合わせるみたいにニヤついてナノを舐めまわすように見下ろした。
「あっちのほうで見かけたから、教えてやるよ。ついてきなよ」
そう言って、ナノの肩を強引に抱き、そのまま連れ出そうとしたので、ケイコは慌てて割って入った。
「ナノ!」
「あ、何? トモダチ?」
「本当に知ってるんですか。カリンの事」
「知ってるよ。知ってる知ってる」
「じゃあ、場所を教えてください。警察とも連携して捜しているので」
ケイコがそう言うと、男たちはいきなり気まずそうに顔をゆがめてナノの肩から手を離した。
「あ、いや? よく見たら全然違ったわ。ゴメンネ! ぎゃはは」
男たちは汚らしい笑い声をあげながら、その場から去っていった。去り際の男たちは「カワイー女とやれると思ったのになぁ!」などと笑いあいながら戻っていくのをケイコは厳しく睨みつけていた。
まさかカリンもあんな連中に捕まってしまったのではないかと思ったからだ。
用心深いカリンのことだから、あんな連中にノコノコついて行くことはないだろうが、この街に蔓延る細菌のような連中に、ケイコは「くそっ」と毒づいた。
「ご、ごめんなさい……ケイコちゃん……」
「ナノは悪くない。おかしいんだ、世の中が……!」
こっちはこんなにも必死に懸命になっているというのに、その想いをひとかけらもくみ取ろうとする人間がいないのだ。
それどころか、自分の快楽を優先させて嘘をついて騙そうとするそんな人々が溢れている。だから、行方不明事件なんか蔓延るのだとケイコは歯噛みした。
「ちょっと、聞き込みは休憩しよう。書き込みの返事とかリプきてる?」
ケイコとナノはスマホのアプリを立ち上げては自分たちの書き込みの反応を追った。
だが、自分たちの書き込みは膨大な書き込みの中に埋もれて行って人の目に留まることなく置き去りにされていた。
どこかのアルバイトの大学生が売り物を玩具にして遊んでいる写真が盛り上がりを見せていた。
一つだけ書き込みのあった内容も、「どうせ家出とかだろ」というものでしかなかった。
ケイコは全身が脱力しそうになるのを必死に奮い立たせて、顔を上げた。
ナノは、もう瞳のはじに大きな涙をためて泣き崩れる直前だった。
「ナノ、私らが泣いてる場合じゃない。カリンは……もっと怖い目にあってるかもしれないんだぞ」
「うん。分かってる。だいじょうぶ」
ケイコだって、さっきまでは自室で泣いていた。そんな彼女を立ち上がらせたのは他でもないナノなのだ。一人だけでは崩れてしまうとお互いに分かっていた。
だから、二人は手を取り合ったのだ。
ミドリからのチャットにも奮い立たせる言葉が書き込まれていた。
「アタシらが力を合わせたら、解けない問題なんてない」
二人は、それを信じた。諦めたら落ちていくしかないと分かっていたから。
二人は改めて書き込みをして、そしてまた周囲に聞き込みをすることにした。
だが、行きかう人々はまともに取り合うこともなく、酔っぱらった中年が、臭い息を吐きながら大きな声で二人に「駅前で騒ぐな!」と怒鳴り散らす。
六月とは言え、夜の九時を過ぎれば冷たい風が二人を襲った。それでも二人は、ただただ、友人のために動いた。
社会を敵に回しても、成さなければならぬと、心無い人々と世の中に抗うように。
だが、それも碌な収穫が得られないままに時間だけが奪われていくと、二人は徐々に疲れが見え始めて、最初のように誰にでも声をかけるという勇気がしぼみだしていた。
「女の子を探してます……! どなたか、知りませんか……」
声ももう擦れてきたころに、ケイコは視線が自分の足元に落ちてしまっていることに気が付いた。
挫けてはならないと分かっているのに、世界から取り残されたように無下にされる。それでも、と、ケイコが目線を上げた時だ。
「あの……、女の子をさがしてるんですか?」
そう声をかけられて、声の主を確認した。
女性だった。随分と若い。恐らく大学生だ。ほっそりとした体つきに、肩まである髪。顔出しは綺麗に整っているが、どこか陰のある表情だった。
「あ、はい……この子です……」
ケイコがスマホに映るカリンの写真を見せたが、女性はそれを見て首を横に振った。
「ごめんなさい。知らない子だわ……。友達なの?」
「はい……。お昼過ぎから行方が分からなくて……」
ケイコがそう告げると、思わず声が震えてしまった。もう、涙があふれてしまいそうだった。だが。それを零すわけにはいかない。
「……私も手伝います」
「……え?」
相手の女性は、そう言うと、スマホを取り出した。
「その女の子の画像、こちらに送ってくれませんか? コンビニで印刷できるから、それで簡単なプラカード、作ります」
「え、でも……手伝ってくださるんですか? どうして……」
ケイコは驚いていた。この女性は見ず知らずの私たちのために、どうしてこうも協力してくれるのかと。
「自分のためです」
「じぶんの、ため……?」
ケイコは良く分からなかったが、手伝ってくれるという女性にナノが藁にもすがる思いでお願いし、スマホのデータを渡した。
それを受け取ると、女性はそのまま近くのコンビニまで走っていった。
「ケイコちゃん、あの人、どこかで見たことがない?」
「え? ……分かんない……」
ナノがそんな風に言ったが、ケイコはよく思い出せなかった。確かにナノの言う通り、どこかで一度見た気もしたが、それがいつ、どこで会ったのか思い出せなかった。
「きょ、協力してくれる人がいるなんて……思わなかった……」
「うん、わたしも……。自分のためって言ってたけど……あの人の知り合いも行方不明なのかな?」
ナノとケイコは二人で、女性が入ったコンビニを暫く見つめていた。
それから女性が戻ってきて、二人の前でカリンの写真の画像を引き延ばしにしたプリントを見せた。そして、コンビニから貰ったのかダンボールの切れ端を持っていた。
「このダンボールに張り付けるから、少し手伝っていただけませんか」
「は、はい! 手伝います!」
弾かれたようにケイコが女性の作業に加わる。簡素な出来ではあるが、ダンボールに張り付けたカリンの写真がプラカードとして出来上がった。
「あ、あの、お名前を窺っても……?」
「あ、私は百田といいます。百田サクラ……」
「わ、わたしは十文字ナノです。こっちは、一条ケイコちゃん」
ナノは自己紹介をしながら、やはり知らない人だなと名前を聞いても思い出せなかった女性、百田サクラをまじまじと見つめた。
ナノとケイコには分からない事だったが、サクラは、あれから考えを改めるようにしていた。
あの大学で出会った青年の言葉がほんの些細な心境の変化を及ぼしたのだ。
この日、サクラはどういうわけかもう自分が視線に脅かされていないことに気が付いた。
まるで、視線を感じなくなっていたのだ。
その状況に気がついて、どうして視線恐怖症を克服できたのかと思い返した時に、あの青年の言葉が浮かんだのだ。
――あなたのやさしさを見ている人もいる――。
視線の意味をそんな風に解釈するなんて自分にはできなかった。
自己嫌悪と劣等感に悩んでいたサクラからすれば、視線は恐怖でしかなったからだ。
だが、そんな自分の何気ない行為を見ていた人がいた。その行為を称賛してくれたのだ。
サクラは、視線の恐怖から解放された世界で、なぜか導かれるようにN駅にやってきていた。
まるでここにもう一人の自分がいるような気がしたのだ。誘われた、というのが、しっくりくる感覚だった。
そうしてたどり着いたN駅で、心細げな女の子が二人、今にも壊れそうな表情をして声をかけているのを聞いた。
その時だ。
サクラは思ったのだ。
己の行いに自惚れてみよう、と。
自分は、人として、輝けるのかもしれない。そういう瞬間があることを、あの青年が伝えてくれた。
だから、サクラは、人探しをしている少女の前に歩み寄った。
彼女にとって、とても大きな、他人から見れば、とてもちっぽけなその想いを抱き。
――それを月の妖怪は、重力と呼んだ。引力とも言った。それはすなわち、人情という、尊い、失われつつある想いであることを、当の本人たちは気が付かないままに――。
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