アラミタマ③ ~十二日から十八日~

 少女失踪事件。巷ではそんな名称がつけられたここ最近の女性の失踪事件は今まさに大きく動き出すことになった。

 事件としての発端は、今から三年も前になるか。

 当時十六歳だった高校一年の少女が行方知れずとなった。少女は仮にAとしよう。少女Aはその行方不明になる前に失恋をしたらしく、自室のパソコンの履歴で、彼女のSNSアカウントの日記に傷心の想いを綴ったものが見つかった。

 それによると、友人に裏切られたとか、好きな人を奪われたという内容で、妬みと悲しみ、そして怒りの滲んだ文面が赤裸々に書き込まれている。

 最初は、そういった経緯から行方不明も色恋沙汰のもつれによるものかと考えられた。

 聞き込み調査も行われたようだが、その思い人である同学年の少年も、少女Aの友人も、彼女の失踪に関してはまったく見当もつかないと言った。


 その少女の消息が途絶えた晩は、美しい満月の夜だった。

 実によく覚えている。なぜ、覚えているかなんて簡単だ。


 ――それが最初のヒトゴロシだったからだ。


 ひょんなことから、引力を得たみたいだった。勝手に獲物が釣られてやってくるみたいに、殺しやすい少女が吸い寄せられてくる。

 まるで私を殺してくださいって言っているような少女たちは、恰好のおもちゃであり、欲情のはけ口にできた。

 性癖なんてそれぞれだろうが、人を殺したその時に本当の快楽を得たと思ったのだ。最近じゃ、ずいぶん過激な内容のアニメだとかラノベが人気だそうじゃないか。

 ちらりと参考資料にネットで読んだヤツは、ダークファンタジー物で、醜悪なザコモンスターに新米の冒険者がグチャグチャにされるヤツだった。こんなのを読んで喜ぶヤツがいるんだと思うと、自分のこの性癖もごく普通じゃないだろうか。

 誘蛾灯のように、愚かな少女を誘い込み、特別製の地下倉庫に捕らえてしまえば、あとはもう好き放題にできた。そりゃもう色々と切り刻んだり引っ張り出したり、焼いたり突いたりと楽しんだ。最高のひと時だった。

 状況も自分の有利に働いたことで、少女は今も変わらず行方不明事件として世間に広まっており、殺人事件とはされていない。なんとツイているんだろうと嬉しくて高らかに鼻歌まで歌ってしまうくらいだった。

 それから、一年もすると、二人目をやりたくてしかたなくなる。

 そう思うと、不思議なことに『引力』が働くのだ。

 勝手に殺してほしそうな女が寄ってくる。

 普段の行いを神は見てくれているということだろう。毎日頑張っているご褒美をくれるように、満月の夜、おもちゃが与えられた。


 毎度の満月というわけではなかったが、『欲しい』と思った次の満月には、おもちゃが与えられた。まるでクリスマスのサンタクロースのように、プレゼントがやってくるのだ。


 泣きわめく少女をもてあそび続けても、足はつかない。相変わらず呑気なこの街は、殺人事件を神隠しだとかと言って寝ぼけている。


 このまま順調に、充実した日々が送れるはずだったのに、どういうわけなのか殺人事件が発生した。

 殺人の手法はお粗末で、稚拙だった。なぜこんな殺し方をしたのか怒りすら覚えてしまう。

 この殺人鬼の自分を差し置いて、この街で殺人をするなど許せるわけがない。この陳腐な殺人事件のせいで、無関係なこちらまで疑われてはたまったものではないのだ。

 なんとしても、この殺人犯を見つけ出す必要がある。この愚か者が殺人犯として捕まれば、自分の犯罪の隠れ蓑にすらできるかもしれない。


 ――とはいえ、普通に探すとしても殺人犯を見つけ出すなど、名探偵でもあるまいし、できるわけがない。

 ……出来るわけがないと、普通は思うところだ。

 だが、自分にはそれができる。できる能力がある……。


 能力とは言ったが、空を飛ぶとか念力が使えるとかそういう特殊なやつじゃない。

 ちょっとした特技みたいなものだ。


 何人も人殺しをやったおかげか、ある種のニオイに敏感になるようになった。

 それは所謂『死臭』と呼ばれる臭いだった。

 この死臭というのは、死体から発生する独特のつーんとする臭いだが、自分の鼻はこれに対して非常に、敏感に感じる事が出来るようになった。

 人を殺すことは正直言って難しいことじゃない。やろうと思えば子供でも可能なものだろう。しかしながら、本当に難しいのは死体の処理だ。色々と方法はあるが、人の目につかないところに隠していても五感の一つ、嗅覚は死を捕らえてしまう。

 だから、自分はこのニオイに対して敏感になった。


 そしていつしか、死臭をかぎ分ける事が出来るようになっていることに気が付いた。

 それも人の嗅覚という域を超えたとらえかたができるくらいになっていたのだ。これも神からの贈り物なのかもしれないし、人殺しスキルのレベルアップ報酬かもしれない。

 ともかく、鼻が利くという能力を活かし、死臭を追うことで今回の殺人犯を見付けることができるかもしれないと考えていた。


 程なくして見事に標的を発見するに至った。

 強烈な死臭を纏った人間を見付けたのだ。これは人を殺したヤツの臭いだとすぐわかった。同類だからというのもあるだろうか。

 だが、その標的の姿を見た時、正直なところ目を疑ったし、鼻を疑った。

 相手がそういう人物だったからだ。


 結論から言うと、その死臭を纏った人物は知っている人間だった。


「――百田サクラ?」


 街の通路で雨に濡れ途方に暮れたように立ち尽くす女性は間違いなく、事件の第一発見者の百田サクラで間違いない。

 そうか、彼女は死体の第一発見者だ。死臭が付いていてもおかしな話ではない――。


 そう考えて、いやそうじゃないと、すぐさま己の中で否定する。

 なぜって、それはそれこそ、事件発生直後に彼女と会話した時には、死臭を纏っていなかったからだ。彼女は碌に死体にも近づいていないのだろう。

 だというのに、なぜ今日、百田サクラにこうも強烈な死臭が纏わりついているのだ?


 ――漠然とした違和感を感じながら、標的を明確にしたい気持ちが体を動かしていた。

 雨に濡れる百田サクラに声をかけて様子を見ようと思ったのだ。


「百田さんですよね?」

「…………っ?」

 ばしゃんと、足元の水たまりの音をたて、ぐっしょり濡れた百田サクラは警戒の顔でこちらを見返した。まるで猫のように、いつでも逃げる事ができる警戒態勢を取り、足を軽く開きこちらの隙を伺う鋭い視線まで送って来た。


「お、覚えていませんか。ほら、先日――」

 にこやかに笑顔を作って彼女に一歩近づくと、百田サクラは逃げようというのか素早く回れ右をして背を向けた。


 ――逃がすかッ――!


 とっさに彼女の手を掴んだ。細い腕で簡単に叩き折れそうだと思った。白い肌は刃を突き立てると、さぞかし綺麗な赤い花が咲くことだろう。

 ついついそんな性癖を持ち上げてしまい、涎を零しそうになる。


「オレですよ。百田さん、三井です。刑事の――」

「離してっ……!」


 なんだこの反応は?

 オレが刑事だと分かって、逃げようというのか? それとも、殺人鬼の気配でも察知して怯えたのか?

 なんにせよ、オレの事をまるで覚えていないように、こちらを振り払おうとする姿は奇妙に感じた。

 こいつは、何者なんだ?

 この間までは死臭もしなかったのに、なぜ今、死臭がしている? こちらを分かっていないのか? こいつは、モモタサクラではないのか?


 オレが内心戸惑いながらも逃がすわけにはいかないとその身体を捕まえようとしたときだ。


 ――がつんッ!

「うっ」

 何かに勢いよくその手を叩かれてしまった。不意打ちの驚きと手首の痛みでオレは怯んでしまった。

 その隙に百田サクラは拘束から離れ、見知らぬ男と共に逃げ出していった。


「なっ、なんだと……」


 足元に転がったビニール傘を見てこれで殴られたのかと分かった。あの男とサクラはどういう関係だろう。そもそも本当にあれはサクラなのか?

 たった今、目の前で起こったことが頭の中で整理できずに、オレは雨の中暫しそこで立ち尽くすのだった。


 なんにせよ、やることは一つだ。

 殺人犯を見付ける――。

 それは、連続殺人鬼であり、刑事でもあるこの三井ツカサの役割なのだ。


 オレはまず、慌てずに冷静になり、第一発見者の情報を調べなおし、百田サクラの連絡先に電話した。

 すると、あっさりと彼女は電話に出て、こちらの要望にも応えてくれた。


 明日、駅前のレストランでお話したいのですが――。

 返事はOKということだった。

 ――やはり、オカシイ。彼女は二重人格なのか? つい先ほど乱闘騒ぎになりかけたオレと、こうも素直に話せるだろうか?

 二重人格だとしたら、死臭はどう説明する?

 まさか、あの殺人の日から今日までの間に、彼女は別の人の死を経験したというのか?

 いや、ありえない。――だとしたら、答えは――。


 百田サクラは、二人いる――?


 そこまで考えて、オレは明日、レストランで彼女と会う時に、それははっきりすると思った。明日、レストランで彼女と再会した時に、死臭がしなければ、彼女は二人いる可能性があるということだ。

 すなわち、発見者としてのサクラと、殺人者としてのサクラ。

 彼女が双子だとしたら、答えはでる。


「調べる必要がある」


 オレはすぐさま、この百田サクラという人間の素性を調べる必要があると考えた。

 刑事としての立場が今のオレをいつも助けてくれる。殺人鬼としての自分も、刑事のオレが守ることでオレは誰よりも楽しく生きていけるのだから。


「この人生をめちゃくちゃにされてたまるか」


 モモタサクラ――。


 百田サクラ……? オレはその名前をどこかで聞いたことがあるとデジャヴのような感覚に襲われた。

 それはこの事件に関係するものではないもっと昔だったようにも思う。 だが、それがなんなのかはその時は答えが出なかった。

 まぁいい、これから調べるのはアイツが殺人犯か否かということなのだから――。


 結果から言うと、やはり百田サクラは二人いるという結論に至った。

 翌日レストランにやってきた彼女は、死臭がしなかったからだ。オレの感じる死臭は普通の『死臭』とは違う。人を殺した人間が持つ死臭なんだから。

 それを強く持ったあの雨に濡れたサクラこそ、今回の殺人事件の犯人に他ならない。

 それと、驚いたことがもう一つ起こった。

 ……それはレストランでサクラと面談中に、オレの手を傘で叩いて、殺人犯を逃がした青年もレストランにやってきたことだ。印象としてはパッとしない抜けた感じの男だった。ヘラヘラとぎこちなく笑う姿が不気味にも思えた。

 まるで偶然のような態度に見えたが、本当のところはどうだか見抜けない。調査をするとき、間抜けを演じるのは効果的な手段の一つだからだ。

 よもや、こいつは全てを知っているのかと、オレはその時、人生最大の緊張を感じて、間抜けそうな青年を凝視していた。

 話を聞いてみたかったが、今は『発見者のサクラ』もいるし、『殺人犯のサクラ』とどうつながっているのか分からないため、変に行動が起こせない。

 気が付くと、青年は姿を消していた。

 オレは、場合によってはあの青年も消す必要があるかもしれないと考えた。百田サクラ同様に――。


 今後の動きは、サクラが中心になる。

 そう思った矢先に、とんでもないタレコミと情報が重なることになり、捜査班は一人の男性教諭を逮捕するに至った。


 殺された四谷ココロは妊娠しており、またDNA鑑定により、その相手の男が担任の教師であったことが発覚したからである。


 取り調べでオレは、こいつは違うと真っ先に分かった。

 死臭が全くしないからだ。

 八房という教師は、このコロシに関わっていない。間接的にはあるかもしれないが、それはオレの興味の対象外だ。


 やはり、間違いない。

 殺人犯は、百田サクラの片割れだ。


 オレは標的を見定め、動き始める事にしたのであった。

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