アラミタマ② ~十七日~

 六月十七日、月曜日、雨――。

 オレは検視の報告をもって五十嵐警部を呼び止めた。


「司法解剖の結果か?」

「ハイ、どうも彼女、妊娠していた可能性があります」

「子宮もぎ取られてても分かったのか?」

「オレもよく聞いてませんけど、報告書、見てください」


 専門的なところは正直読んでもはっきりは理解できない。とにかく、結果にざっと目を通しただけだ。

 被害者の四谷ココロはどうやら妊娠していたらしいということ。

 あの年齢で妊娠となると、色々問題を抱えていたのかもしれない。

 親がいう『普通の子』というくくりからは外れて考えられる。


「相手、誰でしょうね」

「……近頃のガキはませてるからな。小学生すら妊娠する時代だ。何が相手でも驚かん。……とは言え、そうなると犯行動機が色々と想像できるな」

「ですねぇ。今日は学校の聞き込みできるんでしょ。生徒とも」

「おう。準備しろ。行くぞ」


 オレと五十嵐さんは連れ立って四谷ココロの学校へと向かうことになった。

 放課後に、一部生徒に残ってもらい話を聞く約束を取り付けてある。それから学校側には協力として、事件に心当たりのある生徒には紙に内容を記載してもらい提出してもらっている。

 四谷ココロの母校であるM高校は中学校からの一貫性となっており、昔は男子校だったが最近共学化したのである。ちなみにこのM高等学校中学校は、同じ敷地にM大学もあり、通称M学園として有名だ。

 最近までは男子校であったということから、ここに通う女子は男たちの注目を集めた。

 言い方は悪いが、入れ食い状態だったわけで、不純異性交遊はよくあることであった。こういったことは内々に穏便に済ませることが多いためか世間に大きく出回ることはなかったが、人の口に戸は建てられないものである。

 それに加えて、近頃街で流行っている未成年少女行方不明事件もあり、学校側は強く生徒に注意勧告をしているというのに、ついには殺人騒ぎだ。


「そういや、あの過去の行方不明事件、どうだった」

「関連性はあまり感じなかったですね。そもそも過去の事件自体がそれぞれバラバラですし」

「ちょっと、オレのほうであの女の事を調べてみたら過去にストーカー被害にあってるようでな」

「え」


 五十嵐警部の話にオレは車を運転しながらも、思わず助手席に座る警部のほうへ顔を向けてしまった。


「あの女って四谷ココロですか?」

「いや、違う。第一発見者の、あーなんだ。度忘れした」

「第一発見者って、百田サクラ?」

「ああ、そうだ。百田サクラ。三年前にストーカー被害の届けを出してるのを見付けた」

「そっちのことは……調べてませんでした」

 彼女はあくまで第一発見者でしかないと思いたかった。しかし、第一発見者から疑うのは基本でもある。しかし……。


「でも、彼女は行方不明になってませんよ」

「ああ、まあ、そうだ。ただ、そういうのがあったってだけだ」

「それ、ストーカーは捕まったんスか」

「あ? あー……捕まってたと思う」

 調べたくせにうろ覚えなのか、はっきりしない回答で五十嵐警部はめんどくさそうに言う。

 そして、タバコを咥えたので、オレは直ぐに「シゴト中に吸うの、やめろって怒られたじゃないッスか」と忠告したが、警部はもうライターに火をつけていた。

 すぐにタバコの臭いが立ち上がり、車内に充満する。オレもたしなみ程度には吸うが、五十嵐警部はヘビースモーカーであるため、所かまわずタバコに火をつける。

 最近は喫煙に対して厳しい話ばかりなので、五十嵐警部は息苦しそうにしていた。

 公務中はタバコを吸う事を禁止されたのだが、五十嵐警部は隙あらばそれを無視していたのである。


「あとで吸い殻捨てとけ」

「オレがッスかよぉー」

 うんざりな警部の命令にオレは露骨に声を上げて見せたが、どこ吹く風という様子のまま、五十嵐警部は煙を吐き出すのだった――。


 しばらく車を走らせて着いたM学園の駐車場に車を止め、オレたちは高等学校の玄関まで向かった。

 そこで事務員に警察手帳を見せると、すぐに校長が顔をみせ、校長室まで案内をしてくれた。


「お早い到着ですね」

「ああ、先に生徒たちからのお手紙を読ませていただきたくて」

 四谷ココロの事を知っているなら情報を伝える事、と目安箱に投書するように連絡してあった。それを先に見せてもらうため、予定よりも早めに学校には足を運んだ次第である。


「どれどれ……。おや、思ったよりも少ないですね」

 校長が持ってきた箱の中身の紙の数々は想像していたよりも少ない。もっとどっさりと面白半分で書き込んだものがあるのかと思った。高校生ってそういうものだろう。オレの頃はそうだった。


「ああ、事前に私共で見させてもらって、悪戯とか不要なものは除外しましたので」

「……そうですか」

 五十嵐警部が厳しい目を校長に向けた。つまり、一度は教師が目を通し、こちらに見られてはマズいものも除外された可能性がある。

 学校が抱える闇の部分だろう。話しでは、ここの学園は政界ともコネがあるんだとか。女子生徒殺人事件よりもヤバいスキャンダルを抱えている可能性もなくはない。

 ともかく、オレと五十嵐警部は適当に手紙を開いては中身を確認する。

 調べてみたところ、四谷ココロが最近落ち込んでいたとか、ノイローゼ気味だったとか書いてあるものが多い。

 原因まで書いているものには、部活で悩んでいたとかだ。最近、演奏がうまくいかず、顧問から厳しい対応を取られたと書いてある。いまいち決定打になるものはない。こちらとしては、四谷ココロが妊娠しているという情報はつかんでいるのだから、それにつながるものがあればと考えたが、異性交遊のタレコミは見受けられなかった。


「校長先生は、この生徒の事ご存じですか」

「私は。その。なんとも、可愛らしい生徒だとは認識しておりますが」

「担任の先生、呼べますか」

「あ、ハイ。ちょっとお待ちいただければ」


 校長が皴だらけの頭を掻きながら校長室から出て、職員室のほうまで向かってから、オレは五十嵐警部に窺った。


「なんか、クサイと思いません?」

「……教師が聖職者なんて呼ばれる時代は終わってんだよ」

 いくつか手紙を読みながら待っていると、校長が一人の男を連れ立って戻って来た。どうやら、四谷ココロの担任らしい。名前を八房ヒロトと言った。眼鏡をかけたひょろりとした体躯で、優しげな印象を持った。五十嵐警部とは真逆の人間だ。


「忙しいところすいませんね。今回の事件の事でいくつかお聞きしたくて」

「はい、なんでしょうか。なんでもお応えします」

「ココロさんて、どういう生徒でした?」

「大人しい子でした。ただ大人しすぎて、気が弱いところもありましたね」

 そういう八房先生は陰のある表情でうつむき気味に答えた。自分のクラスの生徒が亡くなればショックも受けるだろう。


「何か彼女から相談を受けたりとかしとらんですか?」

「いや、とくには……」

「あまり印象に残った生徒じゃないってことですかね」

「……面目ない」


 そんなやり取りで、オレ達は一度引いた。校長と八房には席を外してもらい、生徒との面談を用意してもらうように進めてもらったわけだが、五十嵐警部は厳しい顔をしてつぶやいた。


「あの八房ってのは、ウソ言ってたな」

「え、どこがです」

「担任が四谷ココロを気の弱い生徒だと言ったろうが。あんまり応答したくないようだったし、大人しい生徒だったから印象にないということで切り上げたかったんだろうが……」

「でも、四谷ココロが大人しくないなんて証拠はないでしょ」

「まぁな、でもあの娘、トランペット奏者だったんだよな。吹奏楽部の。……トランペットっていやあ、吹奏楽の華だ。そんな子が大人しかったとか印象に残ってないってのは、どうも引っかかるね」


 なるほど、と思った。事件をうやむやにでもしたいのだろうか。校長の指示でそうさせられているのかは分からないが、教師のフィルターを通すより、生徒の生の声を参考にしたほうがいいかもしれない。


 ――空き教室を用意してもらい、オレと五十嵐警部はそこに一人ずつ生徒を通して質疑応答を行った。

 一人ずつといえど、全校生徒全てを聴取するのではなく、部員や友人に的を絞ってのものだ。これもこちらで用意したリストを事前に学校側に提出し、校内放送で一人ずつ呼び出してもらった。

 生徒と話すほうが、実際のところ、教師相手よりもやりやすい。彼らは素直に語りたいことをペラペラと喋ってくれるからだ。

 ――そう思っていたのだが――。


「じゃあ、思い当たるようなことは何もない?」

「はい」


「四谷さんってどんな女の子だったの?」

「あんまり、知らなくて――」

「同じ部員だろう。知らないってこたぁねえだろ」

「同じ部員ってだけです。おじさんたちの時代はどうか知りませんけど、うちらはプライベートは分けてるんです」

「……プライベートってお前……」


 オレも五十嵐警部も絶句した。なんというか非常にドライだったのだ。


「ごめんなさい、全然知りません。もう帰っていいですか?」

「いや、もうちょっと……」

「来週期末試験なんです、少しでもやっておかないと。こんな時期に取り調べなんて迷惑です」

「……クラスメートが死んでんだぞ」

「クラスメートが死んだって、テストはあるし、受験は来年なんです」


 今の子というのはこんなにも冷たいものなのか。

 正直なところ不気味にすら思ったのだ。まるで自分に被害が及ばないならそれは全て他人事でしかないと言わんばかりであった。

 それどころか、こうして自分の時間を奪い去るこちらを悪のように扱って、しまいには四谷ココロにすら『迷惑なタイミングで殺されて』などとという始末だ。


 ――どうにも奇妙に感じていた。

 この高校の対応すべてがどこか狂っているように思えてならない。

 生徒が殺されたというのに、通常を保とうと正常を維持しようと教師も生徒も必死のように見えたのだ。

 何かの異質な圧力を感じながら、オレと五十嵐警部はろくな情報を得られずに、駐車場に戻ることになってしまったわけである。

 異常な事は無視をする。

 そんな取り決めが行われているような感覚が不気味に広がっている感覚がした。日常を取り戻し、自分のペースを乱そうとするものを排除することが正義であるかのような集団の意思が垣間見えて、車内でオレ達は溜息を吐いた。


「どう思う」

「オレたちがオカシイんじゃないかって気になってきました。オレが高校生のころなんて、校庭に野良犬が紛れ込んできただけで大騒ぎのお祭り騒ぎでしたよ」

「……学校の方はとりあえず置いとけ、このM学園ってのはキナ臭いが……」

「あっ……そういや、あの第一発見者も、M大学の学生です」

「……とりあえず、四谷ココロの男周りを調査しなおすぞ。妊娠させた人物を見付けるんだ」

 五十嵐警部の指示にオレは頷いて、車を出そうとアクセルを踏み込みかけた時だ。

 ――コンコン。

 ノックの音がして、足をすぐに止めた。

 音のした左側の助手席に五十嵐警部が座っていて、そちらの窓をノックする少女がいた。

 着ている制服からしてこの学校の生徒だと分かるが、一体なんだというのだろうか。

 五十嵐警部が窓を開け、「なんだ」と訊ねるが、少女はにこにこと笑みを浮かべて、「乗せてください」とだけ言った。


 オレは警部と顔を見合わせたが、警部が頷いたので、後部ドアのロックを解除した。

 警部は無言で顎をくい、と動かして少女に後部座席に乗るよう伝えた。

 少女はそれに頷いて素早く乗り込み、そしてまるで身を隠すように座席の下にうずくまったのである。


 奇行にも思えたが、ひょっとすると、この学園内では見つかってはいけないのかもしれないと考えた。


「カラオケに行ってください。駅前のカラオケ、そこでお話ししたいことがあります」

 少女が後部座席から言うので、オレはまた警部を見て指示を待つ。

「よし、車だせ。歌いたくなってきた」

 五十嵐警部の言葉に、オレは今度こそアクセルを踏み込んだ。M学園の校門を抜け出て駅前のほうに車を走らせる。


 車が走り出してから、五十嵐警部は、改まった様子で顔は正面を向いたまま、バックミラー越しに少女に聞いた。


「お嬢ちゃん、名前は?」

「十文字ナノです」


 よどみなく回答したナノという少女はニコリと柔和な笑みを浮かべていた。人懐っこい様子の可憐な女子高生という印象だった。


「おじさん達が何者なのか分かってるんだよな?」

「ハイ。警察の人ですよね」

「よし、分かった。カラオケだ」

「わぁい」


 オレ達は奇妙な女子高生を乗せ、カラオケに向かう。何か面白い話が聞けそうだと期待を持ちながら――。

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