重箱の隅の秘密

六条弥勒

プロローグ・再会

退屈と絶望は似ている。

そんなことを考えながら患者の居ない待合室で原木五郎(ハラキ ゴロウ)は欠伸をした。

勤務中、である。にも拘らず原木は待合室で足を組みながら欠伸をしている。これが退屈以外の何であろうか。

同時にそれは生活の危機でもあった。いくら天下の開業医様と雖も、患者が来なければ儲からない。退屈と絶望は似ている。原木は組んでいた足を解いた。


丁度その時けたたましいドアベルの音と共に扉が開いた。パリッとした老舗仕立ての洋装が彼の身分を物語っている。大仰に足を引き摺った彼はすぐに原木を見つけ、そしてこう言った。

「ようバラキ、久しぶりだな」



身丈5尺と少し程のハシヅカであるが、6尺を越える大柄なバラキの横だと幾分小さく見える。その上ハシヅカは足を引き摺っていた。

「どうしたんだよ、その足」

「いや、ナントカって絵の額縁を落としちまって。折れちゃいないと思うんだが、一応見てもらえないか?」

バラキは待合室の椅子に座ったままハシヅカの足を触ったり押したりした。

「ん、大丈夫だ、死なない」

「そうか、ならよかった」

普通の患者なら怒るか呆れるかのバラキの雑な診断にもハシヅカは笑顔で応えた。

「いや、噂には聞いていたんだ、バラキが親父さん継いで開業してるって。本当だったんだな」

「誰から聞いたんだ、そんな噂」

「僕の弟がお前の妹さんと同級だったろ、そのツテで、だ」

ハシヅカも横に腰掛け足を組んだ。

「いや、にしてもとんだ名医だな、お陰で足はすっかり良くなったみたいだ」

そう言いながらわざとらしく足をブラブラとさせた。

「で、実際のところ何の用だ?」

「つれないこと言うなよ、大分久しぶりの再会だろう、最後に会ったのが同窓会だから……あの時はまだ24だったか」

「4年ぶり、か」

勤務中にも拘らずバラキは煙草に火をつけた。

「お前は変わらないな、ハシヅカ」

「そうか? お前は随分歳を取ったな、いや、いい意味で、だ。何か苦労でもあったのか?」

「そうだな……」

バラキは軽く煙を吐くと少しの間考え込んだ。

「退屈という絶望に打ちひしがれながら、絶望的な退屈を過ごしてる、ってとこか」

「何だそれ、相変わらず図体はデカいくせに考えてることは神経質な奴だなぁ」

「仕方ないだろう、そういう性質なんだ。いや、まぁどうだ、久しぶりに会えたんだ、どうせ患者は来ないし、少し話でもしないか?」

バラキはそう言って立ち上がった。

「勤務中だろう?」

「まぁ細けぇことは気にするな。節、ちょっと俺は出てくるから、患者が来たら往診に行ってると伝えてくれ」

節、とはバラキの妹の節子の事である。窓口で受付兼会計係をしている節子はそんな兄をほんの少し睨んだだけで、すぐに業務に戻ってしまった。

「全く、どこの世界も上の子より下の子だな」

その様子を見たハシヅカは苦笑いしながらそう言って立ち上がった。


バラキは大柄な上強面なので、連れて町を歩いていると、とにかく目立つ。その上この辺りは2人が小学校時代から慣れ親しんでいる場所である、当然知り合いも多い。開業医なんてやっていれば尚更である。

「おや原木先生、原木先生じゃあありませんか」

「これは原木先生、ご無沙汰しております」

と言った具合に次から次へとご挨拶が絶えずやってくるので、2人は仕方なく近場の喫茶店に入ることにした。六条院のすぐ側にある、例の喫茶店である。

入るや否や、ハシヅカはいつもの席に歩いていった。

「やぁ、君も来てたのか」

バラキも後から追ってくる。

「紹介しよう、僕の小学校時代の友人の原木五郎だ。ちょっと怖いお顔をしちゃいるが、いい人なんだぜ、バラキって呼んでやってくれ。バラキ、こちらはこの店で出会った常連さん。ニキって覚えてるか、ほら小学校で一緒だった。アイツとかと仲良いんだ」

「ニキ……? ニキってあのいっつも暗い、オバケみたいな奴だよな、アイツ友達なんか居たのか?」

バラキは物珍しそうに上から下まで目をやった。

「いや、実は最近僕もよくニキと遊んでいてさ、この近くに住んでるんだよ。だからよくここに来るんだ」

「そうか、アイツは元気にしてるのか? たしか同窓会にも来なかったよな」

「まぁそういう奴じゃないからな、今から呼ぶか? ここなら喜んで来ると思うぜ」


こうしていつもの3人にバラキを加えた4人が、いつものように喫茶店に集まった。

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