第5話不味い炒飯

夫婦喧嘩は犬も喰わないという言葉がある。これはきっと夫婦の喧嘩というのは犬もそっぽを向くくらい、煮ても焼いても食えない物だ。という例えなんだろう。


夫婦喧嘩に限らず、食事中の喧嘩というのは食べ物を不味くする最凶のスパイスであると私は考える。


こんなことがあった。


職場の近くに妻とよく行くチェーン店の中華料理屋がある。いわゆる誰もが知っている大型チェーンではないのだが、そこそこの知名度の店だ。そこは餃子をうりにしているが、どっこい餃子以外のメニューが美味い。そして安い。


私は俗にいう美食家グルメと呼ばれる人種とはかけ離れた存在なので大概の人々がそうである様に、安くて美味くて家から近い店が大好きだ。自分にとって都合の良い店であればチェーン店だろうがなんだろうが通う。


私はこと、その店の炒飯チャーハン好きで妻は鶏ソバが好きだ。私は炒飯をつまみに薄めのハイボール飲み、妻は餃子や私の炒飯をちょいちょいつまみながらサイダーを飲んでいる。幸せである。


安くて美味ければこれに勝るものはない。


私たちはここがすっかりお気に入りになっていた。


そんなある日。


いつもの様に炒飯と鶏ソバ。それに水餃子を注文して我々は至福の時間をカウンター席にて堪能していた。日曜日の夜。店内は大勢の客で賑わっている。


突然、我々の目の前にいる厨房担当の中国人スタッフA(♀)とスタッフB(♂)が喧嘩を始めたのである。


以下は私がテキトーに想像で書いた似非中国語である。意味も違うしこんな言語はない。ただなんとなく雰囲気を掴んでいただきたいので書いている。そこのところをご了承願いたい。



中国人A「何貴様?言事有?即言!即言!」(なんなのさっきから。言いたい事があるならさっさと言いなさいよ!)


中国人B「煩!沈黙!仕事最中!沈黙!」

(うるさいな。黙れよ。仕事中だぞ?)


中国人A「憤慨!不許!謝辞求!謝辞求!」

(マジでムカついた!許さない!謝れ!)



すると突然、AがBをシバき始めた。いくら女性とは言え感情に任せてのアタックである。そこそこ痛そうだ。肩をビシバシとシバき続ける。


中国人B「断止!己痛!貴様狂頭!」

(止めろ!痛いだろ。お前おかしいんじゃないのか!)


日本なら考えられないが、シバかれていたBが女性であるAをシバき返した。最早プロレスである。突然の厨房プロレスの開戦。


中国人A「畜生!己殴!貴様!許不!」

(チクショ!あたしを殴ったね!絶対に許さない!)


ここら辺から結構2人の声がデカくなってきて店内もにわかにざわつき始めた。


中国人B「貴様!良加減止!断止!沈黙!」

(お前!もう良い加減にしろ!止めろ!)


シバき合いも徐々に激しくなってきた。その時である。


中国人C「両人。止止。仕事最中!」

(2人とも止めろ。仕事中だぞ!)


見兼ねた中国人の同僚C(♂)が止めに入った。これで流石に事態も収束するかと思ったが、いかんせんこの途中参戦したCが全く使えない。止める気があるんだかないんだか。シバき合いをする2人の間に入るのだが巻き添えを食らうのが嫌なのかすぐ逃げる。また入る。逃げる。の繰り返し。恐らくコイツはその場にいるからなんとなく止めている姿勢をとっているが、本心は関わりたくないのだろう。顔が完全に逃げていた。


相変わらず怒鳴り合いとシバき合いが続く。まるで80年代のやっすい香港コメディ映画を見せられている気分だ。


「すんません。お会計‥」


店内にいた若いカップルが居たたまれなくなり帰ってしまった。


「あ、ウチもお会計‥」


隣の親子連れも帰る。我々と言えば、完全に帰りたい気持ちはあるのだが、いかんせん炒飯が来たばかりでまだひと口しか食べていない。貧乏根性丸出しで、夫婦揃って帰ろうとはしない。


そこにまた新たな参戦者が登場する。


日本人A「もう良い加減にしてよ!お客さん見てるよ!見てるよ!」


日本人B「そうだ!お客さんいるんだぞ!」


見兼ねに見兼ねた日本人A(♀)B(♂)のオーナー夫婦とおぼしき2人が遂に止めに入った。むしろ遅いくらいだ。


流石にこの厨房プロレスも終わりを告げるだろう。私は妻と目を見合わせホッと一息をついたところだった。


中国人A「何何貴様!我見!謝辞求!」

(なんだお前!まだ終わってないぞ!謝れよ!)


中国人B「沈黙!煩!貴様!」

(黙れ!煩いぞお前!)


まさかの日本人夫婦の制止を完全スルーして、相変わらずシバき合いをしているではないか。しかもさっきよりヒートアップしている。中国人Aは遂にBの頰を叩き、Bの顔つきが変わった。


これはマズイ。その場の全員がそう思った。


日本人A「もういい!労働管理に電話する!電話するよ!」


日本人B「そうだ!電話するぞ!」


それもそのはず。日本人オーナー2人は声と威勢はかなりいいが、そこそこ離れた距離から言っている為に喧嘩してる中国人から鼻にもかけられていない。


もっと近くで注意しろよ。そこにいる客全員がそんな顔していた。


中国人A「仕事最中、関係不!来来闘!」

(仕事中だろうがなんだろうが関係ないね!かかって来い!)


憤るオバはん中国人。


中国人B「婦人容赦不、泣鳴!」

(女だから容赦しないぞ!泣かしてやる!)


猛るオッさん中国人。


中国人C「中止断〜!中止断〜!」

(や〜め〜ろよ〜、や〜め〜ろよ〜)


絶対に止める気のないオッさん中国人2。


日本人A「電話する!もうすぐ労働管理に電話する!」


電話するしかいっていない日本人。


日本人B「電話した!今電話してる!」


受話器すら持っていない日本人2。


登場人物全員馬鹿。


食事中に目の前でこんな感じのやり取りが繰り広げられているのを想像してみて欲しい。しかも我々夫婦に至っては本当に目と鼻の先で中国人のオバはんとオッさんがシバき合いをし続けている。まさに混沌ケイオス。コレを言わずして何を言う。


こんな状態で食う飯が美味いはずがない。妻も私もすっかり炒飯の味を失くしてしまった。


結局、我々が店を出るまでピリピリした状況は継続していたが心なしか最後の方はシバき合いも少し緩くなっていた気がする。


アレ以来、あの店には行っていない。そろそろあの炒飯が恋しくなってきているのだがなかなかあの時のトラウマを拭い去れない。


善良ないち利用客としては次の来店時までに彼らが仲良しになっているか、もしくは2人揃ってクビになっていることを願ってやまない。それは言い過ぎか?


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