第7話 いないスミさんと饒舌ババア
きっと飛ぶことが出来なかったら帰りつけなかったであろう。
上空からわずかな家の明かりを辿って帰り着いた。
こんな真っ暗な田舎ではきっとバレないはずだ。
広い庭の隅にある木陰に降り、スミさんとばったり会わないかそわそわしながら出た縁側から入り、少し浮きながら流しに行って、足や泥のついたところを洗い、ティッシュを拝借して拭いた。
寝室だと案内された座敷には両親の姿がないので、夕食を取ったおてつけさんの囲炉裏のある座敷に向かうと聞き覚えのある声がするので、スミさんの声がしないかだけ確認し、中に入った。
目が慣れたのか、先ほどに比べてこの部屋も薄暗いとは感じるものの、入った時から両親とおてつけさんの姿まで見通せる。
「おお祐志郎か、お前どこかに行くならひとこと言ってからにしなさい」
随分遅くなってしまったものかと冷や汗をかいたが、何時間とは経っていなかったようだ。
親父は赤ら顔を顰めて叱ったような声で言った。
親父とお袋は浴衣に着替えていたので、風呂を浴びてから飲み直していたところなのだろう。
おてつけさんは格好に変わりはないが、肘掛を寄せて、日本酒を煽っている。
「も、申し訳ないっす」
「なんかお祭りか何かやってたんですってね、どうだった? お邪魔した家にご迷惑かけなかった?」
(お祭り? お邪魔した家?)
恐らく、スミさんが言い繕ってくれたのだろうと思い至ると同時に、先ほどの恥事、異様に若く見えたスミさんの身体を思い浮かべて動転、言葉を噛みまくる。
「だだだ、だいじょ、大丈夫っだたよ」
「スミさんが様子見に行ってくれたら随分盛り上がってたそうじゃない、この村の祭りは長くなるから明日の朝になるかもとは言われてたけど、早かったのね」
今晩中に帰らないかもと思われたのだろうか、気まずい。
スミさんもスミさんで何を考えているのだろうか。
あーもう分からない。
どうしよう、気まずい。スミさんはどこに。
「あーそーいえばスミさんは?」
「スミさんならもう休んだわよ」
良かった。
あーそっかー、などと言いながら少なくとも今晩が顔を合わせる機会はないとしり安堵したところに、いきなりおてつけさんが口を挟んできた。
「お呼ばれしたんか」
本当に心臓に悪いばあさんだ。
全て察しのついたような顔で意地悪く笑いながら語りかけてくる。
「ん、お呼ばれしたんか、え、お呼ばれ」
どこまで知っているのか、恐らくあの化け物どものことはきっと知っているのに違いない。
それだけならまあいい。
問い質したいくらいだ。
でもスミさんのことは絶対シークレット、バレたくない。あれ、もしかしてスミさん、ばあさんの差し金? 式神か何か?
あまりに得体の知れなすぎる老婆であるから、何を発すべきか分からず言い淀んでしまって、目ん玉剥いておてつけさんを見ることしか出来ない。
これが今出来る精一杯のメッセージだ。
(いま、 その話は、 やめてくれ)
「さっき、スミが言ってたのは嘘でな」
(このクソババア!)
親父とお袋の顔と見合わせながらおてつけさんというクソババアはさも嬉しそうに語り始める。
両親ともに面食らって、え、え、と小さく漏らしている。
「あー祭りというには本当なんだが、まあ、人ならざるモンの祭りでな」
おてつけさんはさも嬉しそうに語り始める。
「こん辺りはね、まぁこん国そのもんが元々、存在する力の弱いもん、形の弱いもん、いうと妖怪精霊の類が仰山おったんだが、電気通って周り中明るうなりおって、居場所を無くしおってな、こういう田舎の山の茂みにでも潜って大人しくしゅうしとったんだが、坊やの尻に出たようにな、世の中無いと思うてたもんが在るようになってきとる、それであれらも元気になりおって、毎晩お祭り騒ぎじゃ」
「んで坊やみたいな変わり種が来たもんだから、みんなからかいよったんな、害しようなんては思うておらんよ許せな、坊や」
今一つ状況が飲み込みきれていない両親は、何があったのかと言いたげな視線を向けてくる、別に大丈夫だったというニュアンスで数度頷いて見せた。
なおもおてつけさんは語り続ける。
「お前さん方竜はな、そういうもんてことになっとる、同じように虫やら獣やら今は人でも元はそういうもんも沢山におるのは、おとうに話した通りじゃ、元々反りの合わんもん、種族の仲間意識が強いもんは今に諍いをおこしよる、大方のもんがヒトでなくなるじゃろ、けどな荒事を好まんのもおるからそういう秩序は作ってやらんといかん、お国は役に立たんかも知れん、そこでお前さん方じゃ、竜族いうのは古来温厚なもんが多くて、それでいて強い力を持っとる、坊やたちが担わんとするのはそういうお役目なんよ」
幸いにして思っていなかった方向に向けて饒舌になるおてつけさんの話についていっていると、ある疑問が生じた。
親父から聞いた話も頭の片隅に残っているが、今までヒトだと思っていた人達の大半が同時に別の何かであることであるとするならば、今こうして目の前で話している「おてつけさん」という人物は「何」なんだろうか。
軽率であるに違いなかったが、その質問を堪えることは出来なかった。
「おてつけさんもヒトではないのですか……?」
父親はいきなり失礼だろ、と言いながら俺を小突いたが、その返答を待つように伏し目をおてつけさんに滑らせた。
おそらく立ち入ったことはこれまで聞いたことがなかったのだろう。
「ホホ、ワシか、そうな、ワシはさっき坊やが戯れてきたもんの類とはべっこのもんよ」
きっとその時俺たち家族3人は同時に瞬きをしたのだと思う。
すると、「おてつけさん」は煙のように消え去っていた。忽然とである。
身じろぎも出来なくって視線が世話しなく動き回る、部屋がシンと冷えていくのを感じる。
天井の隅の方からだったと思う。
「夜も更けてきたすけもう寝なせ」
返事も出来ない。
取り乱して逃げすことも出来なかった。
全身に鳥肌が立っていくのを感じながら脳内でただただ絶叫する。
消えかかった炭の小さい音が止むまで冷や汗は伝うままであった。
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