第2話 KETU-BOON
後日、精神錯乱から立ち直ると親父は人の姿で説明をしてくれた。
聞き始めからまだどこかぼんやりしていたのでよく覚えていない。
世界が世界で?そのものみたいなものが存在していて、基本的に人間以外の存在というものがこの世界にあらかじめ存在しているとかなんとか、それでこの世界の「理」においては竜族が竜の姿であることは許されていなかったが、その必要が出てきてなんとか、他種族がどうで、人という種族がどうであーでとか、要するによく噛み砕けなった。
というか理解を超えていた。
聞き取れて感想を持てたのは『竜族の9割はニート』だったということ。
では俺の友人や知り合いのニートはみんな竜族なのかと問うてみると、それは一概には言えないそうだが、少なくともいわゆる人間ではないらしい。
人間というのは勤勉な種族だから数年に渡って働かないでいるということはほとんど在り得ないそうだ。
ほかに人間ではない奴らもいるのか、という疑念が残ったが、兎も角、平均寿命数百年の竜族ならではの時間観念が俺をニートにしていたのだった。ハッピーな話だ。
おふくろは人間?
YES
じゃあ俺は竜と人間のハーフなのかと聞くとそうでなく、竜族の遺伝子は超優性的に遺伝するために人間と交配しても確立ではなく、ほぼ100%竜族の血統が優先される。
それは64の染色体に沿わない別のところの話で、つまり身体的特徴等とも別のところのもので、兎も角、俺も竜族で、ピカッと光って竜に変身出来るということだった。
なるほどなるほどー
「じゃあやってみよう」
「……はい」
もう全てがどうでもよくなった。
俺が何を考えようと木こりがパンツを食べて空を渡るような訳の分からないことが理だというなら、リアクションは時間の無駄なんだ。
今度はキャンプの用意をして再びあの場所へ向かった。
前回と打って変わって陽気な両親であったが、俺だけは違う、突然住んでいるところが火星になってしまったようなものだ。所在がない。リアリティがない。
俺ってば今人生で一番ヒロイックなんじゃない?
とってもアナーキーな気分だぜ。
話しかけられても気のない返事をするぜ。
お袋が車内で飴玉をくれようとしたがそれもお断りした。
しょぼくれた俺を元気付けようと親父は手早くBBQの用意を整え、高い肉を焼いて高い酒を振る舞ってくれた。
うまいっちゃあうまい。
何食っても砂のよう、なんてことは微塵もなかった。
「美味いっす美味いっす!」
「そうかそうかどんどん食え」
「美味いっす美味いっす!」
「お父さん奮発してよかったわねー」
日も高いうちから飲み始めて、日差しの作る陽炎が酔いを加速させる。
なれる! 俺ドラゴンになれる! このまま行っちゃお、このまま行っちゃおう!
「よーし、いっちょやってみますか!」
「おし、じゃあ服脱げ!」
しかし両親に見守られながら服を脱ぐというのはどうだ、泣きたくなってくる。
俺は泣きたくなってくるんだぜ! でも脱ぐぜ!
チノパンを投げ捨てたところで親父が寄ってきて耳元で何かを呟き始めた。
「(ごにょごにょごにょごにょ)」
何を言っているのか聞き取れなかったが、途端に身体が火照り始める。
夏の日差しでとか酔いとかでなく、身体の内側から火を焚き付けられているように瞬時に耐えがたいものに変わった。
「なんだこれっってなんだこれ熱ッアッツう!!」
立っていられなくなり、膝から崩れ落ちてその場で身悶える。
血が沸騰する、電子レンジに掛けられているのか。何かが細かく千切れる音がする。
「ッ助けて熱ッいオヤジィああつ」
助けを求めようと親父の姿を首を捩って探すと親父はお袋と小走りに退避していくのが見えた。
「なああああああぁぁあああぁんもおおおぉおおぉおおおおおおお!!!!」
プツっと何かが弾ける音がして、視界が真っ白になった。
(あ、これ俺が光ってんだな)
極度の苦痛から解放されて一秒満たないであろうその瞬間を俺は知覚していた。
するとすぐさま雷に打たれたような衝撃、電気ショック、声を出す間もない。
すぅっと意識が遠のいた。遠雷のような音が聞こえる。
―――
(おい、おい大丈夫か……祐志郎……)
あ、親父の声だ。
今、息を吹き返したかのようにパチリと目を開けた。咳き込む。
呼吸も止まっていたんじゃなかろうか。親父が俺の顔を覗き込んでいる。
ひどい目にあった。
でも、どれどれ俺はどんな竜に変身したのだろう。クリスマスの朝に似た期待感が先ほどの苦痛よりも優先された。横たえた身を起こしてみる。
視界が低い。おかしい。しゃがんでいる親父の顔が目の前にある。これ以上首は伸びない。
近くでお袋も俺を見下ろしている。
(え、おれ変身出来なかったの?)
視線を落としてみると俺は半裸で、人間の手足で、パンツの柄も変わっていなかった。
えー。
あんな痛い思いしてまじかよ、え、ほんとに?
何故だかすごくショックだ。
「どゆこと?」
「まだ早かったのかも知れんな……」
「そりゃないっすー」ぎゃふん
こんな寒い話はない。
パンツ一丁で放心状態になる俺、それを残念そうに見つめる父、訳もなく慌てている母親。
「大丈夫よ!祐ちゃん! もうちょっとだった! もうちょっとだったよ!」
お袋、よしてくれ。
そういえばさっきからケツがもごもごするんだ、苦痛のあまり脱糞してしまったかも知れないのに、励まされても、俺、もう何も出来ないよ……。
理由を模索するように屈み込んで目の前から動かない親父がいたが、俺はある可能性に賭けて自分の尻をまさぐった。
(もしかしたら勘違いかもしれない)
希望的な観測に縋った愚行、ダウトの場合真っ茶色に染まった手が白昼に晒される、えんがちょ大パニック、末代までの恥、しかし俺の手を待ち受けていたのはそれではなかった。
(ゴム?)
何かが生えている?
前のが回り込んでいるわけではない、そんなにデカくはない。それに二つ生えている。
ケツの割れ目の両横から二つ。平たい?
(もしかして内臓?)
(……イボ?)
(ケツが二つに割れている?)
津波のような?マークの前に思考能力は根こそぎ奪い去られて、おもむろに後ろのパンツのゴムを伸ばし、尻を親父に見せた。
唐突に蘇る過去の光景、デジャビュ。まだ毛の生えていなかった頃。
「(おとーさーん、ぼくのね、おとーさんのね、いつね、生えるのかなー?)」
数秒尻を出しているのも忘れて想いでに浸ってしまった。
親父は俺の尻をまじまじと見つめながら、
「……副翼?」
と呟いた。
「動かせるか?」
依然、真剣な顔で俺の尻を見つめながら親父が言った。
(フクヨク? 動かす? これをか?)
何かが出ないように慎重に慎重に、尻の突起物を意識して徐々に力を込めてみる。
ブブブブブブブブ……。
尻のそれは激しい蠕動を始めたかと思うと、身体がケツに吊られるように浮き始めた。
「もういい、分かった! やめろ!!」
親父が静止しようとしたが、俺も驚いてしまって無意識に尻に力が入ってしまった。
先ほどより勢いよく浮かび上がる。
7、8mほどだろうか、三階くらいの高さで上昇はひとまず止まる。
「わーすごい! 祐ちゃん飛んだぁ!」
お袋が嬉しそうな顔をして叫んでいる。
これは飛んでいるというのだろうか、腹を引っ掛けられて釣り上げられた魚の心持ちだ。
親父はなんとも言えない顔で俺を見上げている。
なんとか上体と足を使って、バランス取るよう試みる。
(足はがに股、手は前に伸ばして、顔も上げた方が安定するな)
姿勢を安定させてから意識すると容易く前に進んだ。
この格好、昔のアニメの屁のツッパリはイランですよマン、そっくりだ。
俺は遠くに行かないように、二人の頭の上を旋回した。
おふくろはすごいすごーいと無邪気にはしゃいでいる。
親父は何も言わずに煙草を吹かし始めた。
俺は金玉袋の裏がそよそよした。
こうして俺は少しだけ竜になったのだった。(?)
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