不死者の末路・1
共同生活が一週間ほど経ったその夜、月は怪しいほどに奇麗だった。
その月の光に照らされながら、ココロはただその目の前に見えた浜辺を見ていた。
二回目になるその幻景の意味を考えながら、自分のメモリーにその風景があったか探した。
しかし、見つかるわけも無く、その後はただその浜辺を見ていた。
「ココロ、ここに居たのですね」
ココロが座るベンチの後ろから、ミロクの声が聞こえた。
夜風がミロクが持つカップの湯気を揺らす姿がココロの眼に入る。
ココロは何も答えず、また浜辺を見ようと前に向いた。
浜辺は見えなくなり、ただの雑多な廃墟物の風景が広がっていた。
「月が奇麗な夜が好きですの?」
ミロクがミルクココアをココロに渡しながら訊く。
「はっきり言って、嫌いだ」
そう言って、ココロはココアを口に含んだ。
「それは偶然ですわ、わたくしも嫌いですの」
隣に座ったミロクはカップを両手で持ちながら、月を見上げた。
「いつか、この月をみて狂う日が来るのか、それが怖くて」
ココロは、その言葉に心底驚いた。
ココロの中のミロクのイメージは、傍若無人だ。
常に人の意見を聞かず、ただ己のために行動し、その行動にも妙な肝が備わっている。
完全不死を得た彼女にとってはそれは当たり前のことであり、恐怖するものなどないとばかりに思っていた。
「完全不死者の癖して、怖いだなんてな」
ココロにとって、その言葉は、軽い冗談のつもりだった。
「……ココロは知らないのですね」
ミロクの、声が変わった。
「なにが、だ」
その蔑視とも取れるミロクの声に、ココロの心が押される。
「そうですか。……ならば、教えましょう。完全不死者がどうできるか、そして、その不死者の末路を」
こうして、ココロの後悔と自責の時間が始まった。
「まず、わたくしたちの施設では二つの不死微小機械がありました。一つは今までのスタンダートな、寿命無限化の不死微小機械。安定性が売りで、ほとんど拒絶反応もありません。そして、もう一つがわたくしに植えつけられた、完全不死微小機械。これを植えつけられたほとんどの人が死にました」
コトリ、とミロクのカップがテーブルに置かれる。
「完全不死になれる者はごくわずか。幸運にも、わたくしはそのうちの一人になったというわけです」
月に隠れた星たちは、時間に合わせてくるりくるりと廻っている。
「何人もの人が死にましたわ。でも、何十人もの人が常にいましたから、実際に何人死んだのかはわかりません」
ただ月を見上げ、語る。真実を。
「そして、神の賽子に選ばれた数人のうち、わたくし以外は死にました」
不死者の末路を。
「――完全な不死を得たんじゃなかったのか?」
「……知っていますか、ココロ。不死者の死因は外的要因がほとんどですが、その次に多いのが、精神の死だということを。
どうせ、有限のハードに作られた有限のソフト。無限などという矛盾についていけないのです」
不死者も死ぬ。それは肉体が不死になったことによる、精神の寿命という新たな側面での死。
「もちろん、私もいつ狂うのか分かりませんわ。心を強く保てる今はその心配は無いですが、こんな満月を見ると不安になります。怖くなります」
狂い壊れて人で無くなり、形骸と化した存在に変化する。
それは、不死への欲望の根底を崩しかねない、この世の矛盾だった。
「Lunaticとは、よく言ったものですわね」
ふう、と語り終わったミロクが肩を落した。
「じゃあ、僕は今まで、不死者じゃない、不死を望まない者まで殺してきた、ってことか?」
ココロの体がガタガタと震えていた。
「……ココロ?」
ミロクがココロの顔を覗きこむ。大量の汗を噴出し、ココロの顔は歪んでいた。
「じゃあ、僕が信じてきたことっていうのは、一体なんだったんだ?」
ココロのメモリーが軋み始めた。
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