666
彼、ココロにとって、仕事というのは『施設』を破壊するだけの単調な作業でしかなかった。
不死者を際限なく研究し造りだす『施設』は、これはまた世界中に際限なくはびこっていた。
それを一つ一つ特定し、大規模な破壊工作を仕掛け不死者もろとも殲滅する。それを数十度繰り返えしてきた。
今回破壊指令が出た『施設』の番号は01971、つまり千九百七十一番目の『施設』。
入団した頃の大義も初心も忘れた。メモリーも凄惨なものばかり。形骸化したその身体は作業に没頭することで、存在することを許されていた。
ココロは作業中、ふと思う。
――今日の夕飯はなんだろうか。
これが彼、ココロの日常だった。
高性能有機爆薬、設置完了。あとは出来る限り爆風が来ない所まで退避し、ボタンを押すだけ。
洗練された身体の運び、常に監視カメラの死角を突き、赤外線センサーも巧みに避ける。
そして、外の森に身体を隠し、ボタンを躊躇せず押した。
爆風の衝撃波がココロの体を強く打ちつけ、そして爆発の中心点に向かって突風が吹く。
数分、風は止まなかった。
風が止み、おもむろにココロが立ち上がる。『施設』の中を確かめるためだ。
散弾銃を持ち、セーフティを外しながらゆっくりと歩き出す。
向かう途中、爆風で飛ばされたのか、一人の研究員が蠢いていた。
ココロは素早く銃口を彼の頭に向け、発砲した。
研究員の命は、散弾銃の爆発散弾により頭が弾けて停止した。
不死者は頭に高火力。これは彼が所属するDURLの鉄則だ。
そして、不死者に情けをかけてはならないと言うのも、DURLの鉄則だ。
それに従い仕事をこなす。ココロは『施設』の外を回り、数人の生き返りそうな罪人を殺し、もう他にいないと判断すると『施設』の中に入った。
『施設』内ではまだ火が残っている場所があった。実験場のような場所、何かを収容する場所、食堂やただベッドが並んでいる部屋もあった。
建物自体の強度が高いのか、基礎骨格や柱は大きくヒビが入る程度。壁は全て吹き飛んでおり、そこかしこに致命傷を負って死んでいる人の姿が見えた。
ココロはそのヒトの一人一人を死んでいるか確認する。生きていたならば、容赦なく殺した。
ひとしきりその作業が済んだあと、壁が無くなり大部屋と化した『施設』を見渡す。
ココロは眼を疑った。
――その向こうに、蒼い海と白い砂浜があった。
ココロは呆然とその砂浜と海を見ていた。
幻覚かもしれない。
しかし、ココロはその砂浜から眼を離せずにいた。
「あら、生きている人がいますわね。それも主犯格のような人が」
作業、思考を中断した彼の後ろから、女性の声がした。
ココロが現実に意識を戻し振り向くと、森を背景とした瓦礫の上に少女の焼死体が立っていた。
その赤黒くただれた顔の奥に新鮮な目がぎょろぎょろと動いていた。
黒と白のコントラストが、怖さよりも美しいと錯覚させる。
すぐさま皮膚が新生する。火傷の殻が破れ、赤子のような肌が見えた。
「あら、何故生きている?という顔をしていますわね」
全ての皮膚が生まれ変わり、火傷の殻がすべて落ち、艶かしい裸体が見えた。
「その答えは簡単ですわ」
ちりちりと焼けていた髪が抜け落ち、髪が頭皮から生えてくる。
「わたくし、完全な不死を得たようですの」
クスクスと、絹のように細く、黒真珠の闇を持つ髪を生やした少女が笑った。
完全な不死などあるはずが無い。それは既に証明されている。
それを知っているココロの反応は早かった。
彼女の頭に銃口を向け、発砲。倒れても発砲、発砲、発砲。彼女の頭は跡形も無く破壊された。
「……フン」
完全な不死を得たと言った少女は完璧に死んだ。ココロはそれを見届けてから後ろに向き、立ち去ろうとした。
「――あら? 何処に行きますの?」
――ありえない、とココロは思うしかなかった。
「だから言ったでしょう?」
振り向くとそこには、
「完全な不死を得たようです、と」
さっきと同じ顔をした彼女が立っていた。
「な――」
「それよりも、貴方、ここを破壊したということはDURLの方でしょう?」
ココロの驚く顔が面白かったのか、少女はまたクスクス笑う。
そして、ココロに近づく。ココロの胸ほどの身長しかない彼女は、ココロの顔を見上げ言った。
「わたくしを捕まえて早く此処からでませんの? わたくし、もう此処は飽きました」
なので、デートのエスコートをしてくれませんかしら、そう彼女は言ったのだ。
「お前、何を言って「お前、じゃなくてわたくしのことはミロクと呼んでくださいな」
ミロクと名乗った少女は強引にココロを黙らせ、にっこりと笑いつつ見えない圧力をかける。
「……ミロク、でいいんだな?」
抵抗を示さないミロクに拍子抜けしながらも、拘束用の特殊手錠と発信機であり懲罰機である首輪を手に取る。
「はい」
「不死微小機械使用の現行犯でお前を逮捕する」
チャキ、とココロは手錠を構える。
「お前じゃなくてミロクですわ」
変なところでミロクはこだわり訂正を求めた。
「ミロクを逮捕する。これでいいか?」
「はい、よろしくお願いしますわ」
ミロクは微笑みながら、ようやくココロの目の前に両手を差し出す。右手に、666とミミズ腫れが出来ていた。
ココロは裸の少女に手錠をかけ、首輪をつけた。……眼を別の方向へ向けながら。
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