第拾五話
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新都、
恵は街路樹代わりに地面に突き立つ街灯に背中を預け、今まさに目の前を通り過ぎていった馬車に乗った中年男性の侮蔑の視線を睨み返すことではね除けた。それから、くだらないと眼鏡を押し上げる。おそらくは華族か議員だろうが、十中八九ああいった手合いは何よりも潮流に乗ったものを良とし、それまで自らの血肉であったものを悪とする傾向がある。それは妖についても例外ではなく、昨今絵師座が以前よりも活動しにくくなってきているのも目に見えぬ時代の変化のひとつなのだろうと恵個人は考えている。
(俺たち妖は古い……か。実にくだらん)
内心でまた吐き捨てる。人々を怪異から守ってきた自負もあるが、それ以上に目先の価値観ばかりにとらわれる輩が、彼はことさら嫌いだった。
そんなこともあっていささか不機嫌な調子でいたものだから、さぞや恐い顔をしていたのだろうか。幾度か見回りとおぼしき警吏がちらりちらりとこちらを見ながら目の前を歩いていった。真新しい黒の詰め襟が目を引く後ろ姿を見送ると、ちょうどその先の角を曲がってひとりの青年が姿を現した。彼は今しがたの警吏に帽子をとって挨拶をすると、杖をつきつつやってきた。珍しく、やや疲れた表情だった。
「また小言でも言われたか?志木」
出迎えついでの一言を投げると、青年───志木はにこりともせず肩をすくめた。
「まったく……この僕がわざわざ出向くことなんて滅多にないことなんだから、感謝してほしいくらいなんだけれどね」
「たまには顔を出せということではないのか?」
「嫌だよ、こんなところ。できれば向こう一生来たくない」
子供じみた発言にようやく仏頂面を和らげた恵に、志木は帽子に指をかけながらその顔を仰ぎ見る。
「それはそうと、君の首尾は?」
恵は彼の言葉に首を横に振った。志木と手分けをした案件は空振りに終わっていた。
「いや、残念ながらこちらは何も」
「そう……まあ元より望み薄だからね。彼らはただでさえ口と頭が硬いから。……それにしても────」
志木はそこで顎に手を添えた。不意に深くなった瞳の色に、長い付き合いの恵には彼が昔を思い出していることが手に取るようにわかった。昔から治らない志木の癖だ。
「狐井匡か……くたばっていないだろうと思ったけれど、まさか本当に生きているとは恐れ入ったよ」
ふ、とその唇が弧を描いた。笑みをかみ殺すような、はたまた何か感情を押し殺しているかのような、歪んだ微笑だった。
「……しかし、禍津神とはとんだ外道で黄泉返ったものだ。実に似合いだと思わないかい?」
「……志木」
その表情と言葉の意味するところを的確に読み取った忠実なる式は、名を呼んで制した。その発言は、今この場ではあまりにも不謹慎だった。
ここは権謀術数渦巻く御影町───どこでどんな輩が聞いているかわからないのだから。
「あぁ、わかっているよ。言葉の綾だ」
それをわからない志木ではない。彼はすぐにいつもの読ませない表情を繕うと、ちょうど通りを走ってきた空の人力車を見つけて手を挙げた。それから、恵を見上げて言った。
「さあ、帰ろうか。僕のかわいい弟絵師たちも待っていることだしね」
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