第拾四話

 春臣が振りかえると、ちょうど店の勝手口から三人ほどが出てくるところだった。そのうち一人は黒猫頭に二股に分かれた尾をもっていたので、猫又であることがすぐにわかった。

「やあ、おかえりなさい三人とも。随分賑やかなお出ましですね」

 相楽がそう声をかけると、三人のうち何故か後ろ手に手首を締め上げられている青年がぱっと笑顔を見せた。茶色の短髪に袖のない鮮やかな赤と白の羽織がよく似合っており、その腰には一振りの刀が差してあった。

「たっだいま相楽さん!いやな、聞いてくれよ────」

「ただいま帰りました、相楽さん。阿呆の言い分なんぞ聞かなくて結構ですよ。耳が腐ります」

 羽織の青年に被せるように言ったのは、彼の手を締め上げている青年だ。春臣は、彼のまとう雰囲気や後ろでまとめた長髪、鼻に眼鏡という出で立ちがどこか恵に似ていると思った。

 それはさておき、わざと発言を遮られた短髪の青年は、背後にいる彼を肩越しにじっとりと睨んだ。

「秋彦……てめえな────」

 しかし、文句のひとつを言う間もなく、長髪の青年はぎりっとその手をひねり上げる。即座に短髪の青年から悲鳴が上がった。

「いっででで!!」

「少しは反省しろ、馬鹿者め」

 そのやりとりを見ながら、春臣はただひたすらに唖然とし、白墨と魔鏡の付喪神───照鏡姫はつまらなさそうにそっぽを向いて、相楽だけがにこにこと笑った。

「私は耳、腐っても良いんですがねぇ……むしろそのほうが美を感じると思いませんか?紅尾くん」

 紅尾というらしい猫又は、相楽の発言に肩をすくめるだけだった。彼は懐から煙管を取り出すと、粋な立ち姿でふかしはじめる。

「ハハァ、本当に相楽の旦那は変わりモンだよなァ。感性が変わってら」

「そうですか?たしかに、完成された美より未完成のもののほうに惹かれやすいところはありますが……」

「ヤレヤレ……天性のものってのはこれだからタチが悪ぃや」

 猫又はそこで苦笑気味に口の端をつり上げると、くるりとした黄色い猫目で隣で言い争う青年二人を制した。

「ホラ、そこら辺にしておけ、朱夏も素秋の旦那も。そこの坊ちゃんがさっきからえれぇ困った顔してるぜ?」

 春臣はその言葉にびくっと肩を震わせた。紅尾はクッと笑ってこちらに目を向ける。

「悪ぃな、坊ちゃん。驚かせちまったか?」

「い、いえ……」

 何と返していいものやら言いあぐねて、春臣は結局曖昧に笑うしかなかった。紅尾は特に気にする様子もなく、春臣から視線を外すと煙管をふかして紫煙の輪っかをつくって遊び始める。

 その様子を横目で見ながら口を開いたのは、長髪の青年のほうだった。彼はそれまで短髪の青年の締め上げていた手を放すと一歩前に出た。

「これは失礼を。依頼人の方か?」

「えっと……そういうわけではないんですけど……」

 ちらりと相楽を見ると、彼はひとつ頷いた。それから、一同をぐるりと見渡すと穏やかに笑ってこう言ったのだった。

「ふふ、こんなところで立ち話も何ですから、一度場所を移しましょうか。手短に済む話でもありませんしね」

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