第拾八話
玲陽は、何度か春臣の頭をぽんぽんと撫でて、それからふとその目を覗くようにして口を開いた。
「……なぁ、春臣。わしはたしかに、己の心も定まらぬ中でお前に絵を教えたことを苦く思うておる」
その言葉に、春臣はきつく拳を握る。玲陽は最後まで聞けというようにその肩を叩くと、先を続けた。
「じゃが、それはお前が心の底から絵を学ぶことが好きだと思うたからこそじゃ。お前の笑顔が見たくて、わしは絵筆をとり続けた」
それまで人と己の命を守る“武器”として描き続けてきたものは、人を純粋に楽しませ、笑顔にもできるものなのだと教えてくれたのは、他でもない春臣だった。そのことは、ずっと絵師として第一線に立ち続けてきた玲陽にとっては新鮮な驚きだった。そして、自分の手落ちで妻を失ったと責め続けてきた当時において、自分の絵を喜んでくれる春臣の無垢な姿はたしかに玲陽の支えになっていた。
「……同じ絵に魅せられた者として、わしはお前に絵を教えた。純粋に、絵を楽しんでほしかった。絵師になるか、ならないかは全く別としてな」
春臣は、自分がいかに幸せ者だったかを改めて知った。初めて触れた玲陽の愛情の深さと大きさに言葉が詰まって何も言えなかった。代わりに我慢していた涙がひとつ、こぼれ落ちた。
玲陽は笑顔を浮かべながらそれをぐしぐしと拭ってやると、ふと表情を曇らせた。
「……じゃが、そんな考えは甘かったのう。わしの甘い考えは、天がお見通しだった。まさかこんなことになるとは。……それも、その報いがお前に返ってくるとは」
「……先生………」
春臣はしばらく敬愛すべき養父の顔を見て、それから気持ちを入れ替えるようにもう一度、今度は自分の手で、こぼれ落ちそうになった涙を拭った。
そして、ぐっと決意を固めた顔で言った。
「………先生、ならば僕に、その想いを継がせてはいただけませんか」
「春臣………?」
少し目を見張った玲陽に、春臣は目を伏せて続けた。
「今、あの人が───画龍が、言っていることが本当なら、これから絵はもっと武器として使われることになるんじゃないかと思うんです」
少年は、己の手を見つめた。
白墨の強引なやり方は好きではないが、“それなりに力はある”と認めてくれた。それは、きっと何か意味があることだと思うのだ。
春臣はその手をぐっと握りしめると、真っ正面から老師を見上げた。
「いつか……いつの日か、絵が武器ではなくなる日がくるように。人を笑顔にするものになる日がくるように。僕に何ができるのかはわからないけど……───」
少年は、決意のこもった目で告げた。
「先生、彩玲……僕は、
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