第拾三話
家の居間に皆がそろうと、志木は早速といった
それだけで、春臣も自然と背筋が伸びた。
「さて、春臣。忙しないようで申し訳ないが、改めて今まであったことをかいつまんで話してもらえるかな?」
「は、はい……」
春臣はひとつひとつを思い出すように、ゆっくりとした調子でこれまでにあったことを話した。玲陽も彩玲も一言も発さずに話に耳を傾けていてくれたが、あの少女の話に差しかかったときには大きく顔をこわばらせた。そして、白墨について説明すると、二人とも信じられないものを見る目で当の本人を見ていた。白墨自身は目を閉じたまま一向に気にしていないようだったが。
春臣はそれらの様子を目にしながらも、最後まで話を続けた。
「……それで……今に至ります。僕から話せることは、これで全部です」
全部を話し終えると、しばらく皆が沈黙を貫いた。これだけの人数がそろっていながら誰も何も言わない光景は、ある意味で異様だった。
そんな中で口を開くのには大変勇気が要ったが、春臣はこれ以上訊かないではいられなかった。
「………あの、結局あの子は──あの椿の髪飾りの子は、何者なんですか?先生も志木さんも……僕以外の全員、知っているような感じですけど……」
最も素朴で、最も根本的な質問。その問いに、誰が答えるべきか──そんな大人たちの視線が一瞬だけ交錯する。
そうして口を開いたのは、志木だった。彼はひとつ息を吐き出すと、慎重に言葉を選びながら語り出した。
「……絵師が私事で画鬼を操ることは禁忌とされていることは、君もよく知っているよね?」
春臣は黙ってうなずいた。志木は厳しい表情で続けた。
「昔……といっても、十年ほど前のことなんだけれどね、ある絵師がその禁を犯したことがあった。画鬼を操り、仲間を数人と───自らの式を殺めたんだ」
「え…………」
春臣はそれ以上のことを言うことができなかった。
仲間を手にかけ、あまつさえ自らと契約を交わした式にすら手をかける───それは、想像するまでもなく絵師としても……人としても、最悪の所業だった。
志木は淡々と話を進めた。
「大罪人となったその絵師は、当然ながら捕らえられて即刻首を刎ねられることになった。……だけど、そんなときだった。あの童の姿をした妖が現れたのは」
当時を知らない春臣と瞑目したまま動かない白墨以外の全員が、その当時のことを思い出しているのか、暗い表情だった。
「見たことのない類いの妖だった。童の姿をとったかと思えば、闇夜に溶けるような漆黒の狗の姿を見たものもいるという。絵師の影の中から現れたのを見たという者もいた」
脳裏に、あの不気味なわらべ歌を歌いながら微笑む少女の姿が浮かんで、春臣は思わず身震いした。あのまま白墨が助けに入ってくれなかったら、自分は今頃どうなっていたのだろう────。
そんな春臣の様子を横目にしながら、志木は鋭く目を細めた。
「……ただひとつ言えることは、あの妖はとてつもなく強いということだ。あの場であの絵師と妖に挑んだ者のほとんどが返り討ちにあって死んだ」
彼は、ぎり、と膝の上で手を強く握る。一瞬だけ、深く鮮やかな怒りの色がその瞳に
「あの一件以来、奴らは行方をくらませていたんだが……まさかこんな形で尻尾を掴むことになるとはね」
春臣は、からからになった口の中を無理やり唾を飲み込んで潤すと、続けて尋ねた。訊くなら今しかないと思ったのだ。
「……その、絵師と妖の名前は、何と言うんですか?」
志木の沈黙は、一瞬だった。
「……絵師の名は、
そこで、彼は今まで目を閉じて一言も発することのなかった白き筆神に目を向けた。彼女は変わらず黙したままだったが、志木の視線に気がついたのか、目だけは開いた。まるで夜玄の墨のような、鮮やかで深い色合いの黒の瞳が皆を捉えた。志木はひるむ様子もなく彼女に向きあった。
「……あなたは、椿を追っていたのだろう?それは何故だ?」
志木は間髪入れずににっこりと笑んで続けた。有無を言わさぬ笑顔だった。
「ちなみに、だんまりは無しということにしよう。我々も、知りうる限りは話した。……次はあなたの番ではないかな?画龍」
白墨はしばらく黙ったあと、観念したように小さなため息をついた。
それから、おもむろにすっと手を出す。どんな奇術を使ったのか、本当に瞬きひとつの間に彼女の手の中には一冊の書物があった。
それは、春臣が蔵で見た、あの書物と全く同じものだった。
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