第拾二話

〈結城屋〉に戻る道すがら、春臣は志木と恵から事の次第を聞いた。

 蔵の捜索からしばらくして、春臣が部屋から出てきたところをちょうど彩玲が目撃していた。声をかけても何の反応も示さなかったので、不審に思った彩玲が春臣に触れようとしたところ、何かの結界に守られていたのか、彼女は弾かれてしまった。物音を聞きつけて出てきた玲陽が気を失った彩玲を発見したとき、春臣は既に家を出ていってしまった後のだという。

「それで、ちょうど〈結城屋〉に行こうとしていた僕たちが、慌てて店から出てきた玲陽さんと鉢合わせしたというわけだよ」

 一通りの事情を説明し終えた志木は、ちらりと春臣を見た。言外に質問は?と訊かれていると察した春臣は、青ざめた顔で尋ねた。

「そんな………彩玲は!?彩玲は大丈夫ですか!?」

 家族に等しい彼女を本意ではなかったとはいえ傷つけてしまったとしたら、玲陽に顔向けできないし、何より自分が許せなくなる。そんな思いで食い入るように志木を見上げると、彼が答えるより先に声を上げたものがあった。

「少し落ち着きたまえ」

 恵だった。彼は志木に食ってかからんばかりの春臣を押しとどめると、鮮やかな藍色の瞳で彼を見下ろして言った。

「あの式なら、軽く妖力にあてられてしまっただけだ。……実に禍々しい、激流のような妖力だったからな。押し負けてしまったのだろうさ」

 冷静な彼の言葉に、春臣は頭が冷える。

「そう、ですか………よかった……」

 片手で顔を覆って息を吐いた春臣を、恵は黙って見ていた。志木も春臣の頭をぽんぽんと撫で、静かに口を開いた。

「玲陽さんと彩玲には、〈結城屋〉で待っていてもらっているよ」

 その言葉に、春臣は黙ってうなずいたのだった。


 夜の道は家から漏れる光も小さく、点々と見えるガス灯の明かりは明滅して頼りない。今夜は月もなく、星空がきれいに見えた。

 その中で、〈結城屋〉は煌々とした明かりを放っていた。

「春臣!」

「坊ちゃま!」

 入口では、玲陽と彩玲がいても立ってもいられないというような様子で立っていた。春臣たちが姿を見せると、彼らは安堵の表情を浮かべて迎え入れてくれた。

「春臣……春臣、無事でよかった……」

 玲陽はそう言って何度も春臣の頭を撫で、

「坊ちゃま……申し訳ございません。私が至らぬばかりに……」

 その横で彩玲は泣いていた。面を外すことはなかったが、その声は震えていた。

 春臣は二人に深々と頭を下げた。

「先生、彩玲……心配かけてすみませんでした!」

 玲陽は、ぽんぽんと春臣の肩を叩いた。顔を上げれば、老師の温かい笑顔があった。

「よいよい、お前が無事で戻ってきてくれただけで十分じゃ」

「先生……」

 玲陽はうんうんとうなずくと、志木たちに向き直った。

「志木くんたちも、何と礼を言えばよいやら……」

 志木は頭を下げた玲陽に、首を横に振った。

「ふふ、礼なんていいですよ、玲陽さん。……それに」

 彼はそこで言葉を切ると、今までずっと後ろに控えていた白墨にちらりと目を向ける。

「春臣を先に助けてくれたのはそちらの方ですしね」

 玲陽も志木の視線の先を見やり、白墨の姿に首をかしげた。白墨はというと、その視線に目を合わせることもなく、つん、とそっぽを向いている。

「……はて?そちらのご婦人はどなたかの?見慣れぬ顔じゃが……」

「あ、えっと……何と紹介したらいいのか」

 春臣は言葉を濁さざるを得なかった。答えに詰まった彼に代わって、志木はくすっと笑いながら再び口を開く。

「ふふ、そういったことも含めて、お話しさせていただこうかと思います」

 玲陽は、どこか戸惑った様子を見せながらもその言葉にうなずいた。

「う、うむ……そうか。ならば、皆中に入るといい。夜風の中で話すようなことでもあるまい」

「……ええ、そうですね」

 志木の声が一瞬だけ沈んだことに気がついたのは、傍らにいた春臣と終始硬い表情を浮かべていた恵だけだった。

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