第肆話

 蔵に行くと、重たそうな扉が開いていた。その前には彩玲がふわふわと浮いていた。

「ありがとう、彩玲」

 春臣が近づいて声をかけると、彼女はくるりと身を翻した。

「どういたしまして、ですわ。他にお手伝いすることはございますか?」

「いや、あとは大丈夫だよ。また蔵を閉めてほしいときに呼ぶから」

「ふふ、承知いたしました。では、その辺に居りますので用が済みましたらお声がけください」

「わかった」

 彩玲が近くの松の木の枝に腰掛けるのを見届けると、春臣は蔵の中に足を踏み入れた。

 それほど立派な造りの蔵ではない。中は棚が並べられており、その半分が店の在庫置き場と化している。玲陽自身の蒐集品もないことはないが、よく読む書物や手元に置いておきたいもののほとんどは母屋の空き部屋にある。ゆえに、残りの半分は空いている棚がほとんどだ。

(まあ、そのおかげで母屋の部屋はすごいことになってるんだけどね……)

 ひとつ手に取ると雪崩が起きるのだ。巻き込まれた経験のある春臣は、そのときのことを思い出してふるふると頭を振った。

 それから、気を取り直して目的の麻葉綴が入っている木箱の並ぶ棚の前に立った。ふたを開けると、何枚かの薄紙に包まれた麻葉綴が出てくる。

「ん、あってるね」

 春臣はひとつうなずくと、目線の高さにあるそれをかけ声ひとつで引っ張り出した。

「よいしょっと……!」

 いくら紙とはいえ集まればそれなりの重さになるわけで、棚から下ろすのも骨が折れる。これを老齢の玲陽にやらせるわけにはいかないので、在庫管理は春臣が担当しているのである。

 どすん、と木箱をいったん地面に置いた春臣は、ふと何気なく空いた棚に視線を戻した。そして、奥の方に一冊の書物が残っていることに気がついた。

「あれ……?落ちちゃってたかな……」

 手を伸ばしてそれを掴む。引っ張り出してみれば、それは装丁はしっかりしているが実に奇妙な書物だった。

 のだ。頁の上部と下部──天と地と呼ばれるところは見えるので、書物であることは確認できる。しかし、通常本を開く小口と呼ばれる部分が見当たらない。背表紙がふたつある書物、と表したほうがわかりやすいだろうか。

 どちらが表紙なのかはわからないが、裏返してみれば、片面には見たことのない白の衣装をまとった美しい女性が描かれていた。その手には身の丈ほどの筆を手にしている。瞳は閉じられていたが、逆にそれが美しさを高めているように思われた。

「……?何だろ、これ……」

 玲陽の蒐集品のひとつだろうか。そんなことを思いながら、春臣がその絵にそっと触れた、そのときだった。

 ばちん、と目の裏で火花が散った。何の前触れもなく視界が暗転する。

(え─────?)

 意識が飛んだ感覚は、一切なかった。

 何が起こったのかわからないまま、春臣は気を失ってしまった。

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