大将として出発

1159年 11月 鎌倉 熱田神宮から由比の郷


 ついに、義朝よしとも配下の坂東武者全軍の招集令が下った。総大将は義朝が嫡男ではなく長男の源義平みなもとのよしひらである。

 鎌倉の西、由比ゆひごうに全軍集結した。総勢300騎。くつわ持ち、弓兵、雑兵も入れれば、その数二千。

 まず、主だった各氏の氏頭うじがしらを義平が率いて、鶴岡八幡宮に戦勝祈願ならびに道中の無事を祈願する。

 ちなみに、鶴岡八幡宮はこのころ、由比浜ゆひはまに在った。今の位置に移ったのは頼朝の時代のことである。

 さすがの義平も此度はその身に寸鉄を帯びずというわけにはいかない。兜こそかぶっていないものの。八竜はちりゅうの見事な大鎧に佩楯はいたて籠手こて脛当すねあて、しかし相変わらず、この男、実用一点張りで、両胸のしころ大袖おおそでは外してある。大袖を着けていないので、総角あげまきと呼ばれる見事な背中でいあげる赤い綱による結び目もない。戦さ場でもないかぎり、義平は重いものは馬を疲れさせるだけだと考えている。

 そして、叔父義賢よしかたを一刀のもと斬り捨てたと言われる、"石切り"の大刀をすら、腰に穿いていない。

 儀式は、滞り無く、かつ簡素にトントンと進んでいく、なんということはない、前の日義平自らが鶴岡八幡宮に出向きなるべく簡単に済ますように宮司ぐうじに頼んでおいてある。相変わらず、この男、堅苦しいことは嫌いなのである。

 鎌倉の人々は源氏の大軍勢を一目見ようとほぼ皆が沿道に居出いでている。

 若宮大路や小町大路の往来の人々も「全坂東武者を率いる、若様のあの凛々りりしい姿を見よ」と誇らしげに武者行列を見物するはずが、大袖は外しているは、鎧のしころは無いはで、沿道の鎌倉の人々は、みな義平を行列の端から端まで探さなければ始末。

「若様はどこじゃ」

「若様一世一代の御出陣ごしゅつじんではないのか」

「またもや留守居役なのか、どこにもおらぬのではないか」

 相変わらず、鎌倉でもまたもや往来のひそひそ話が始まる。 

 

 此度の戦に出向くは、義朝配下の坂東武者全軍。主だった将は相模国大庭御厨さがみのくにおおばみくりやを治める大庭景義おおばかげよし景親かげちかの大庭兄弟に始まり、相模国三浦郡さがみのくにみうらぐん三浦義明みうらよしあき義澄よしずみ親子、波多野氏、千葉氏、上総広常かずさひろつね 山内氏、首藤氏と続く。

 一応、大軍勢であるが、しかし、思いの外、集まらなかったことも事実である。木曽や信濃は、道中東海道で駆けつけてくるかもしれないが、一切参与していない。また越後越前えちごえちぜんの源氏勢などどこへやらである。この辺に、坂東武士、田舎武者の本音が垣間見える。早い話、都での朝廷内でのいざこざなど、知ったことないのである。

 義朝や、平清盛たいらのきよもりらの都で活躍する武者のことをあからさまに"都武者みやこぶし"と呼ぶものもいる。また、北関東の武士は一応約定を結び同盟関係にあるとはいえ、奥州藤原氏にもある程度備えておかないと帰る場所がなくなってしまう。鎌倉の義平などはそれほどで備えなくてもいいのだが、北関東の面々はいつ金色の堂を建てたと言われる金銀財宝の財力を備えた強大な奥州勢が白河関を越えてやってくるかわからないので戦々恐々である。

 そして、義平は、各氏頭とともに、鶴岡八幡宮より、由比の郷に戻り総勢300騎の整列の前に立つ。

 全軍、なにか、決起ならびに出発の訓令でも義平からあるかと思いきや、

「参る」と大音声で言ったきり、葦毛の愛馬"瑞雲ずいうん"に乗りぽくぽくである。

 河内源氏一党の配下の将兵誰も、声をそろえ返答としてのときの声を上げることすら出来ない。

 一行は、前日に行った陣振れどおり粛々と大仏坂路を進み大仏坂口にいたり箱根の山を越える、源氏の白い旗がなみなみとはためきながら東海道を進んでいくわけである。


 義平の瑞雲のくつわを持つのは、柏尾川で得た追い剥ぎ、いや今は忠臣、志内景澄しうちかげすみである。

「こんな大軍の総大将だなんて、本当にあんたは大々大将だな、、、おれも鼻が高いよ」

「京につくまでだし、みな親父の命で付き従っているだけで、俺に従っているわけじゃない」

「そうなのか」

「でも、これだけの軍勢だと、うまく用兵すれば天下を取れるんじゃないか」

「マジか、、」

「昨日、ちょっと考えてたんだけど、瀬田の橋は渡ると、落とすか、橋板を外すんだよ。これで、都を東国とは暫く切り離す。京を閉じ込めちゃうんだな。んで平家の屋敷って六波羅って山を背にして立っているらしいからその山の上から全軍で騎馬で駆け下りる。これで清盛を討つ、んでニセの書状で西国の平家のともどもを都に集めて全員だまし討ちで片付ける。これで平氏は滅亡だな、、」

「親父殿はどうするんだよ」

「父上の天下はもうすぐですとか、おだてておいて、、」

「おいて、、?」

「言わせるな、俺だって忍びない」

「討つのか、!?]

「源氏って知っているのか、親父も兄弟と父と殺し合いを保元の乱でもやってるし昔から同族殺しの一族なんだよ、もうずーっと血塗られた道を歩いているんだよ」

「ミカドは、どうする?」

「ここが一番親父みたいな"都武士みやこぶし"と俺ら田舎武者との考えの違いで、放っておく」

「いいのかそれで」

「宣旨とかいうような紙切れ一枚で動くほど人間バカじゃないよ、それにミカドは常駐の兵を持っていない」

「それよりここより東の奥州はどうするんだよ」

「困ったな、、。あそこに馬や矢羽やばね武具とかも全部頼っているからな、別に本朝ほんちょう全部平らげ無くてはならないことなんかないんじゃないか?。あそこの息子三兄弟ってのは全員出来がもう一つだって話だし、向こうからこうべを垂れてくるよ」

「すげーな」 

 すると、義平が景澄の小さな垂れ烏帽子えぼしをゴチン。

「痛て」今回は、義平、流石に岩は持っていない。

「そんなにうまくいくわけ無いだろう」

「そうなのか」

「多分、東海道の真ん中あたりで、誰かに俺が喉を掻き切られるか、毒をもられるんじゃないか、でこの源氏の大軍は尾張か伊勢で雲散霧消うさんむしょうだろう」

「えっ誰にだ?」

「さぁ、知らんね、今回の上洛だが喜んでしているやつなんて一人のいないよ、しかも率いているのは、河内源氏頭領の一夜の遊興ゆうきょうで出来た、嫡男にもなれぬ長男だぞ、俺のことなんかみんな遊び女の子だとか言ってかげでは全員、鼻で笑っているのさ」

「そうなのか」

「源氏の旗の色は何だ?」

「目の前で旗めいているよ、白だ」

「つまり、おれは白い源氏に生まれた黒いさぎ、嫌われ者の"黒鷺くろさぎ"なんだよ。みんなが敵だ、そう思って俺もずーっと生きてきた」

「お前を狙うのは誰だ、俺が討ち取ってやる柏尾川かしおがわからこの五年間どれだけ武芸を鍛えたと思っているんだ。今のおれは、日ノ本無双ひのもとむそうだ」」

「無双は、為朝ためともの叔父上だな」

「じゃあ、三国一だな」

「為朝の叔父上はすぐそこの大島にいるぞ」

「ほんとうか」

「ほんとうだ、おまえなんか瞬殺しゅんさつ秒殺びょいうさつだぞ」

「誰がお前を狙っているかだけ、教えてくれ、俺が討ちとって名を上げる」

「お前、西は平家で、東国全部が源氏だと思っているだろう」

「ちがうのか!!」

坂東八平氏ばんどうはちへいしって聞いたことないのか」

「俺のいた荘園は近江のほうだ」

「ここいらの土豪や国司こくしは元を正せば、桓武平氏かんむへいしの流れなんだよ」

「平家なのか!!」

「びっくりだろう、、」

「誰も、河内源氏に頭を押さえられて嬉しいはずがないし、ただ損得勘定だけでうちの親父殿に付き従っているわけさ。たぶん源氏がダメになってみろ、手のひらを返して平家につくぞ」

「世知辛いな」

「こんな面倒くさい、大軍早く、都について親父殿に放り出したいよ」


 こうして、義平は大軍を率いて、都へ旅だった。

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