東海道編
大庭騒ぎ
1159年 12月 尾張
騒がしい夜だった。尾張に入ってすぐ、それはおこった。これは、義朝の勢力範囲の限界そのものだったかもしれない。
陣立ての回りの兵が騒いでいた。義平は矢楯を横にしただけの寝所からすぐに大刀だけ手にして起き上がった。
「お前は寝てろ」
の一言で一喝。
三浦義明が息子、
「騒がしいな、なにがあった」義平が尋ねると
「大庭の軍勢が騒いでいるようです」
義平は
大庭家の3つの大文字の家紋が記したる陣幕を義平自らめくり上げた。大庭の郎党が多数おり、服装が乱れきりどこの雑兵かわからぬものを縛り上げていた。雑兵はそうとう傷めつけられている様子である。その横に身分の高くなさそう女が数人、怯え、着物の裾が大きくめくり上がっている。
義平に気づき大庭の
「これは、若様、こいつら、生意気にもからかいやがったんで、」
とその武者が言うやいなや、その場の大庭の兵がどっと笑い出した。徒歩武者の
「今日は、我らが先方を勤めさせてもらっておりましたらですね、へんてこりんな砦から
義平は、裾の大きく乱れた女の方に目線がいったっきり。
「そしたらね、その砦に女が居やがるんでさ、、驚いてね、これは、
義平はまだ女のほうを見ている。この武者は売女と言っていたが
「若様、その女がお気に入りですか、なんなら、もっと上等なのがあっちにとってありますから」
「砦など一切聞いておらん」義平にしては小さい声。
「そうなんで、あっしらもびっくりで、それに女がいるなんてね」
「若殿、尾張のこの辺りですと
義平、未だに低い小さな声。
「異変があれば仔細何事も知らせるように申し付けてあったはずだが」
「あんなもの異変でもなんでもないんでさ、、、。ほれこのとおり我ら全員何事も無く無事で」
大庭の徒歩武者そういうと回りの兵どもがうんうん頷く。
「許可無く、戦を始めたるは軍律を破ったことになるのではないか」
「戦だなんて、ただちょこっと懲らしめてやっただけで、ささ、若様こちらへ女は何日ぶりですか」
「また、近隣、周囲への乱暴狼藉も禁じてあったはずだ、そのほうが知らぬでも大庭殿が血判押されたるはず」
「そんな大げさな、、こんなの戦につきものの、、小競り合いでさ。若様も大蔵合戦でよくご存知のはず」
義平はもう答えなかった。そして音もなく大刀"石切"を抜いた。
「ちょっと待ってくだせぇ、この売女共、体裁を整えるために泣き叫んでいただけで、本当は、喜んでやがるんですよ。我等源氏に抱かれて」
義平が徒歩武者に歩み寄ってきた。徒歩武者は得物は何も持っていない。
「ちょ、ちょっと待っておくんなせぇ、、ってへへ、死罪ってことなないでしょう。
義澄がややにじり下がった。この場の全員が義平の武勇は皆知っている。叔父を斬ったのだ。それも夜討ちで火を掛け屋敷から火に追われ出てくるものを次から次へと切り捨てたのだ。
「なにが源氏の若様だ、やっぱり、悪源太だ。売女の息子だ。だから売女を可愛がりなさるんだ、。売女の息子だ。この売女の息子っ!」
義平は、大刀を徒歩武者に突き付け、刃を首筋にまで当てた。
が、斬らなかった。
「女を離してやれ、そしてこの者には手当を。そして大庭兄弟を呼べ、各将を呼べ即刻軍議を開く。おまえらは大庭殿に命乞いをしておけ」
それは軍議というより軍事法廷のようだった。主だった重鎮は全員集められていた。三浦義明、義澄親子に、大庭景義景親兄弟、波多野、千葉、上総広常 山内に首藤。もう夜が明けようとしていたが、誰も一言も喋らなかった。
上座で床几に座った義平は大刀を立て杖代わりにし顎をおいていた。暫くどころかずーっと沈黙を守っていた。
諸将の圧力に耐え切れず
「若殿は、大蔵合戦で大きな軍功を挙げられたのは存じておるが、戦に出られたのはあれ一度のみでは、しかも、やたら卑怯な策を用いられたと聞く、まあ戦の作法をご存じないのだから致し方無いと存ずるが、この大庭義親が若殿に戦というものを教えてさしあげようと思いまする、戦とは、、」
「この義平、義親殿から教えていただくほどのものではござらん。御存知のとおり父義朝の一夜の遊びの果てに出来た子ゆえ、武者などではあり申さん、源を名乗っておるのも便宜上のこと。義親殿の講釈を聞くなどもったい身の上」
「話になりませんな、戦において小競り合い、偶発的な衝突はつきもの。軽い略奪や狼藉を禁じれば多くの兵の楽しみを削ぐことになり戦意が落ちるもの、このようなことでは、」
「それがしが知っておるのは、軍律に諸将が血判を押され同意なさっていること、それのみ、この義平、京には着けばおそらく御役御免になる身、戦意など一切まかり知り申さぬ」
「それに砦を落としたのもこの軍の総大将の若殿の手柄になり申すというもの」
「大庭殿とあろうお方がこれはいささか
「尾張のどこぞの土豪でござろう」
「
「・・・・・・・」
「我が父義朝の
「かなりの遠縁ではござらんか」
「父義朝は正清の叔父上を実の兄弟以上に信頼しておりまする。この事を知らせぬ訳にはいきませぬな」
「若殿、この大庭義親を脅されるおつもりか」
「事実を申しておるまでです」
「では我らも申しまする。この軍勢から我らが欠ければいかにあいなりましょうや?若殿が義賢殿を攻めたがゆえ、木曽勢、信濃勢は着陣せず、ただでさえ少ないこの河内源氏一党の軍勢がより少のうなりますぞ。そして悪源太殿も武者として配下の軍勢すらまとめられぬとそしりをいや、義朝殿からお叱りを受けるのでは」
若殿が、悪源太殿に変わった。
「いけませぬな、、。第一おかしいではないか、悪源太と呼ばれるお方がこんなちょっとした狼藉を咎めるとは」
「どういう意味ですか理解しかねますが」
「我らが兵も申しておりましたぞ、売女の子が売女を守ったと」
義平の限界だった。あの大庭の徒歩武者を斬るのを我慢したのが誤りだったのだ。机替わりにしている矢盾を弾き飛ばすと、一気に大庭景親とのまわいを詰めた。大刀"石切"さえ抜かなかったが
喉を突かれた景親が苦しそうな声をあげた。
「勝たれたおつもりか?」
「転ばれただけであろう?」
景親は、答えなかった。義平はもう鞘を景親の喉に向けておらず、左手を差し出していた。
「このことは、政清の叔父上には申さぬゆえ、申されよ、転ばれただけであろう?」
景親は、周りが永遠とも感じる少しの間考えて
「この景親、こ、転んだだけでござる」
義平は、景親を引き起こした。大刀を落とし、両手で丁重に景親を引き起こした。
その時だった、三浦義明がいきなり立ち上がり、口火を切った。
「若殿、我等、河内源氏の配下全員、伏しての願い事がございまする」
義平は驚き三浦義明のほうを振り向いた。
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