Chapter2─episode23

ミネッタがキッチンを出ていくのを見送ったルカは、やる気満々といった調子で腕まくりをした。

「よーし、それじゃあつくるぞー!」

アリスは手早く渡されたエプロンをつけるとその顔を見上げて尋ねる。

「何をつくるの?」

彼女の問いに、茶髪の青年は、んーと、と指折り数え始める。

「クッキーとパウンドケーキはつくって、タルト台もつくって、あとはフロランタンと────」

よどみなく折られていく指に、アリスはさすがに蒼白になってルカを制した。

「ちょ、ちょっとまって!そんなにつくるの!?というか、皆そんなに食べるの!?」

「ん?うん、食べるよ!特にノアとレーネはたくさん!」

「夕飯食べられなくなるよ!?」

アリスの至極真っ当な主張にも、ルカは不思議そうな表情であっさりとこう返してきた。

「夕飯はつくらないよ?“お茶会”自体が夕食を兼ねてるんだよ。」

「はいっ!?」

素っ頓狂な声が出てしまった。アリスはおそるおそるといった体ながらも尋ねることにした。

「えっ、待って、……普通の食事は?」

「一応つくるけど、お菓子がメインかな。」

半ば予想していた答えにアリスは青ざめる。仮にも病院だというのに、ここにいるメンバーがそんな非健康的な食生活でいいのか。というか、よくそれで今まで異論がなかったものだ。

そう思っている彼女の隣で、ルカは小麦粉にまみれた手で頬をかくと、実はさ、と切り出す。

「オレ、ほんと普通の料理苦手でさ。食べられないことはないってクロムたち言ってくれてるんだけど。」

アリスがルカを見上げると、彼はこちらに視線を向けることなく一心に生地をこねたまま続けた。

「でもつくる側としてはさ、おいしいやつ食べてほしいでしょ?そう思うと、いつの間にかお菓子のほうが増えてるんだよね。」

そう語るルカの横顔は、どこかクラウスを彷彿とさせる。“どんなお客さんにも最高の料理を”──それが、クラウスの持つ料理人としての信条だった。全く似ていないのに通じる部分があるからこそ、重なって見えるのかもしれなかった。

アリスは少しの間黙りこんだあと、かすかに笑った。ぎこちない笑みに見えたかもしれないけれど、泣かないと決めたから。

「……ルカは、素敵な考えをたくさん持ってるのね。」

「え、そうかな?」

意外そうな言葉を聞いたような反応をする彼に、アリスは大きく頷いた。

「そうよ。私を励ましてくれたときだって、そうだったでしょう?」

ルカは、あぁ、と相槌を打つと、苦笑交じりに言った。

「……あれは別にオレの考えってわけじゃなくて、ただの受け売りだよ?」

「そうだとしても、あのとき私に言ってくれた言葉は紛れもなくあなたの言葉だったわ。」

アリスは食い下がって反論すると、ルカに向き直った。それから、にこりと笑って頭を下げた。

「改めて、お礼を言わせてほしいの。あのとき私を励ましてくれてありがとう、ルカ。」

「………。」

ルカはきょとんとした顔でしばしアリスを見下ろしていたが、やがて何か唐突にわかったような表情を浮かべたあと、至極嬉しそうに口元をほころばせた。

「……へへ、なんか、嬉しいってこういうこと言うのかな……。」

「?」

小さく呟かれた言葉の意味をアリスが知る由もなく、

「よーし、なんか元気沸いてきたぞー!」

と、妙に元気に満ちあふれてきた様子でお菓子作りを再開するルカのサポートに徹するのだった。


元来器用なのか、ルカの手際はそれなりに長くカフェで働いてきたアリスも目を見張るほどなめらかで無駄がなかった。鼻歌交じりで次々とお菓子を作っていくものだから、まるで何かの手品を見ている気分だ。

そしてそれゆえに、その無駄のない行程のどこにあの甘いガスのような香りが立つ要素があるのかわからなかった。幸運にもクロムほど具合の悪くならなかったアリスだったが、さすがに最後のほうになると新鮮な空気を吸いに頻繁にキッチンと外を往き来せざるを得なかった。



「よーし、これで完成!」

大皿に盛り付けが終わる。アリスはその出来映えに思わず歓声を上げていた。どこにでも売っていそうな皿の上には、アイスボックスクッキーにドロップクッキー、アイシングがたっぷりかかったドーナツに、フロランタンやマフィンなど、まるで売り物のような色とりどりのお菓子が所狭しと並んでいる。多少手伝ったとはいえ、これだけつくれるルカの腕前には感心するしかない。

「すごい……お店みたい!」

「アリスが手伝ってくれたおかげではかどっちゃった。ありがと!」

「ううん、私は大したことはしてないわ。」

「大したことあるよ!すっごく助かったもん。だからね────」

ルカはそこで言葉を切ると、今しがたつくったばかりのお菓子の山からフロランタンを一枚とってアリスに渡した。戸惑いつつ顔を見上げると、彼は茶目っ気たっぷりにウィンクをして言った。

「オレからのお礼。お茶会でたくさん食べてほしいから、一枚だけだけどね!」

「え……いいの?」

「うん!ノアは抜け駆けって言うかもしれないけど、手伝ってくれたんだもん、これくらいは当然の権利ってやつでしょ!」

「ふふ……じゃあ、いただくわ。」

アリスは笑いながらもフロランタンをひとくち食べてみる。できたてのそれは今まで食べたなかでも群を抜いておいしくて、アーモンドの風味が口いっぱいに広がった。つくっていたときに放っていた甘い香りとは裏腹に、甘さ控え目の味だったことには少々驚いたが。

あっという間に食べてしまったアリスは、満足そうにこちらを見ていたルカを見上げた。

「?」

「ん?んーん、おいしそうに食べてくれるなーって。」

「だっておいしかったもの!」

力を込めて言うと、ルカはよかった、と満面の笑みで応じてくれた。

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