Chapter2―episode21
ミネッタに連れられて院内を歩く。アリスは彼女の後をついて歩きながら、周りを見渡す。病院なので、てっきり患者や看護婦の姿があちこちに見られるのかと思っていたのだが、驚いたことに誰ひとりそれらしい人影を見なかった。
そんなアリスを、ミネッタが肩越しに振りかえった。
「ふふ、驚かせちゃったかしら。病院と銘打っているわりに、実際の経営規模自体はそこら辺の診療所と大して変わらないのよ。」
そう言って、彼女は柔らかく笑んだ。
大きな病院は他にある上に、重い病気ならそちらに行くか思いきって中間層部にいったほうが早いのだという。
「医者といっても、私の専門は調剤と看護だし、今は執刀医をやっているけど、フランチェスカは元々外科が専門。来るのはいっつもけが人ばかりなのよ。入院するといってもたかがしれているし……正直、これだけたくさん病室があっても意味がないの。」
かつんかつん、と三人分の足音がだだっ広い廊下に響く。人気のない院内の光景は、まだ日があるからか不気味さよりももの悲しさを感じさせる。たぷん、と、ミネッタが持つ消毒液のボトルがひとつ水音を立てた。
「まあ、そのぶん俺たちが堂々と居候できるってわけだが。」
「ふふっ、そうね。」
明るい口調でクロムが言うと、ミネッタはくすくすと笑った。その笑顔を見ながら、アリスは素朴な疑問を口にする。
「じゃあ……どうして建物の規模を小さくしようって思わなかったんですか?」
何気なく訊いたつもりだったのだが、どうしてかミネッタは小さく笑んだまま目を伏せ、クロムは表情を曇らせた。
何か、触れてはいけないことに触れてしまったのだろうか。そう思って、謝罪の言葉を口にしようとしたとき、ちょうどそれに被せるようにミネッタが呟いた。
「……ここには、思い出があるから。忘れられない思い出が。だから、離れられないのよ。」
柔らかいようでいてどこか沈んでいで、そしてそれ以上のことを訊かれるのを拒む声だった。アリスは自然と口をつぐんで、静かで少し重い沈黙が三人の間におりた。
そうして、そのまま三人がたどりついたのは、とある部屋の前だった。どう見ても病室なのだが、その部屋からはひときわ甘いにおいがだだ漏れていた。
「……さて、着いたわ。」
いつもと変わらない調子の声に戻ったミネッタが、アリスを振りかえった。
「あなたにしてほしいのは、彼のお手伝いよ。たぶん、あなたが誰より適役だと思うから。」
「え………?」
アリスが問い返す間もなく、ミネッタは甘い香りがもれるドアをノックする。はいはーい、と軽い返事が聞こえてきた。
「ルカー?入るわよー?」
そう言って、ミネッタはためらいなくドアを開けた。
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