Chapter2―episode20

三人が〈ミネッタ・フランチェスカ〉に戻ると、ちょうど待合室でミネッタに会うことができた。彼女はアリスたちを見とめると、ふわりと笑ってこちらに歩いてきた。片手に大きな白いボトルを抱えている。

「あらあら、おかえりなさい。イヴは元気だった?」

その言葉にアリスはなんとも言えない表情を浮かべ、レーネは黙ってにこにこ笑うにとどめ、クロムは苦い顔をする。彼は帽子に手をやりながら答えた。

「あぁ、相変わらず派手で物騒な出迎えだったぜ。危うくアリスに怪我させちまうとこだった。」

ミネッタはあらあら、となんでもない調子でそれに応えたあと、アリスに目を向けた。

「怪我しなかった?アリスちゃん。」

「あ……はい。レーネさんが助けてくれましたから。」

そう言うと、女医は少し目を見張って意外なものを見る目でレーネを見上げた。

「あら……ふふ、気まぐれなあなたにしては上出来ね?レーネ。」

謎めいた笑みをたたえたまま、レーネは肩をすくめた。その拍子に緩く束ねたピンク色の髪が微かに揺れた。

「さすがに、あの状況で助けなかったらある種ボクの沽券にかかわるもの。……それにしても。」

彼はそこで言葉を切ると、ふいにアリスの顔を覗き込んできた。

「呼び捨て敬語なしでいいって言ったのに。今、さりげなく“レーネさん”って言ったよね?」

色味の違う澄んだ瞳に見られるのが何となくこそばゆくて、アリスは無意識のうちに視線を外した。

「う………そ、そんなこと言われたほうが余計呼びにくいですよ……。」

「そうなの?」

「そ、そうです。」

「ふぅん……まぁ、いいや。今は、それでいいことにしてあげよう。」

案外すんなりと追及するのをやめたレーネは、そこでひとつ、たまらない様子であくびをした。

「ふぁあ……ボクはここで失礼するよ。どうやらお昼寝の時間みたいだから。」

その自由奔放ぶりに、付き合いの長いはずのクロムはため息交じりに呆れた顔をみせた。

「はぁ……お前ってやつは、本当に呑気というか、ぶれないな。」

「午後の気怠いこの空気がよくないんだよ。お小言を言うなら、ボクじゃなくてそっちに言ってほしいなぁ。」

さも当然というように小言を受け流したレーネは、片目にかかった前髪をいじりながら続ける。

「それに、猫はそもそも夜行性だ。律儀に昼間から活動しているほうが珍しいでしょ?」

何故猫。アリスが疑問に思う傍で、クロムが呆れた調子でツッコむ。

「お前は人間だろうが。」

「ふふ……そうだね。」

しかし、レーネはそのツッコミがどこか愉快だったのか、嬉しそうに笑った。それから、ひらりと手を振って一同に背を向ける。

「じゃあね。おやすみなさい。お茶会までには起きてくるから。」

「起きてこなかったら叩き起こすからな。」

それは勘弁だね、と言いながら、まったくつかみどころのない不思議な青年は去っていった。

「ふふ、自由ねぇレーネは。」

その後ろ姿を見送りながら、ミネッタは小さくこぼしたが、すぐに視線をクロムに向けた。

「さてと……クロム?これから時間は空いてるかしら。少し手伝ってほしいのだけれど。」

「あぁいいぜ。ちょうどそれを訊こうと思っていたところだ。」

ひとつ返事で頷いたクロムに、ミネッタは笑って言った。彼女が抱えたボトルがちゃぷん、と音を立てた。どうやら中身は液体らしい。

「助かるわ。これから患者さんたちの処置をするんだけれど、あなたが一番包帯巻くの上手だから。」

その言葉に、クロムは頭を抱えた。

「仮にも医者が何言ってんだ……。つーか、それ、消毒液か?」

「そうよー。今日は擦過傷やら切り傷やら、そういう怪我人が多くて。」

二人がそんなやりとりをしている中、アリスは恐る恐る口を開いた。

「あ、あの……。」

二人がこちらを見る。アリスはミネッタを見上げながら、そっと尋ねる。

「私に、何か手伝えることはありますか?お世話になっている身としては、何もしないでいるのは……。」

すると、ミネッタは少し目を丸くした後、からからと笑った。

「あら、気にしないでいいのに。アリスちゃんは律儀さんねぇ。」

それから彼女は頬に手を当てて少しの間黙ったあと、ふと笑って口を開いた。

「そうねぇ……それじゃあ、ちょっと頼まれてもらおうかしら。」

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