Chapter2―episode19
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イヴはアリスたちが去った後、しばらく椅子に座ったまま水煙草をふかしていたが、やがて床に伸びた男たちを小突いて起こした。
「ほら、いつまで寝ているつもりだい。さっさと起きて奥へ行くんだね」
老婆の言葉に、彼らはぎしぎしと軋んだ音を立てながら立ち上がると、部屋の奥へと消えていく。終始能面のような顔になにがしかの表情が浮かぶことはなかったが、イヴにとってはそちらの方が“普通”だった。
なぜならば、彼らは人間ではないからだ。
「───旧式の殺戮アンドロイド。しかも今では骨董品どころか幻の型といってもいい初期型。……よく見つけて動かしていますね」
ふいに、靴音と共に声が響いた。イヴは別段驚く様子もなく、煙管を加えたままにやりと笑った。照明の加減で、挿した金歯がきらりと光った。
「ひひ……下層部の闇市を侮ってもらっちゃあ困るよ。それに、手塩にかけて面倒を見ているからねぇ。そんじょそこらの出来損ないの暗殺者よりも、うちの子のほうがよほど優秀さね」
靴音を響かせながら現れた彼に、イヴは煙を吐き出して歓迎の意を示した。
「いらっしゃい。あんまり来るのが遅いから、てっきりあの爆破事件でくたばったかと思っていたんだが……どうやら悪運だけは強いようだねぇ」
彼女の言葉に、相手はたっぷりと沈黙したあと、そうですね、と低い声音で答えた。目深に被ったフードと目元近くまで引き上げた覆面で表情を読み取ることはできないが、イヴは長年の経験から、その裏に深く黒い感情が渦巻いているのを見て取った。
そして、そのことに少し驚く。彼女が知る限り、この男はこうした場で感情を見せることはしないと思っていたのだが。どうやら、腐っても人間ということらしい。
「………できることなら、ここの闇市で売ってしまいたいくらいの悪運ですよ」
そう言って、彼はゆっくりとした動作で被っていたフードをとった。同時に、覆面も指で下げる。
そこにいたのは、つい数日前までカフェ〈ウィスタリア〉の常連客だった青年、ロトだった。優しげで穏やかな表情も今は硬く、その胸には雪の結晶を花に見立てた繊細なモチーフのバッジがつけられている。
それは、紛うことなく彼が〈雪花の騎士団〉の一員であることを示すものだった。
「お久しぶりです、イヴ」
彼は頭を下げることこそしなかったが、相変わらずの真面目くさった口調は健在だった。そのことにわずかばかりの嬉しさを感じながら、イヴは応えた。
「あぁ、久しぶりだねぇ、〈雪花〉のエージェント。あんたの用件なら、予想はついているよ」
地下に住まう魔女は、ひひ、と笑ったのだった。
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