Chapter2―episode18
〈水煙草の賢者〉を後にした三人は、来た道を大通りへと戻っていた。がやがやとした喧噪も、つい先ほどまで閉鎖された空間にいた身としてはどこかほっとする。
人波に躍り出る前に、レーネはクロムを振りかえった。
「さて……これからどうするの?クロム。」
アリスの後ろを歩いていたクロムは、彼の言葉に肩をすくめた。
「どうするもこうするも、一度帰って“お茶会”だ。あの婆さんの言うとおり〈騎士団〉もこいつを狙ってるんだとしたら、事だからな。」
「保護者だから、ノアにもよく釘を刺しておかなきゃならないし?」
揶揄するように言ったレーネに、クロムは苦い表情を浮かべる。
「保護者ってんならお前だってそうだろ、レーネ。だいたいお前はいつもいつもまとまりかけた雰囲気を片っ端から蒸し返しやがって……どんだけ俺が苦労してると思ってるんだ。」
ぶちぶちと自分への文句を並べはじめた帽子の青年を、当の本人は一笑に付した。
「あはは、いいじゃないか。結果としてまとまってるんだから。」
そのやりとりに苦笑しつつも、アリスはからからと笑ったレーネと怒るのを通り越して呆れ顔のクロムを交互に見やった。
「あの……“お茶会”って?」
「ん?あぁ……ボクたちはいつも日の終わりに、一日あったことをお茶を飲みながらお互い話し合うのが習慣なんだ。だから“お茶会”。」
レーネは毛先をいじりながら答えてくれた。どうもそうしていると、猫が毛繕いをしているように見えて仕方がない、とアリスは内心で思った。
そんな彼女の横で、クロムが口を開いた。
「ま、簡単に言っちまえば情報共有会ってとこだな。俺たちはただでさえ微妙な立場にいるからな。いざって時即座に動けるように、常日頃から情報を共有しあってるんだよ。」
「何だか難しそうなことをしてるのね……。」
正直な感想を述べると、くすくすとレーネが笑った。
「ふふ、堅苦しく考えなくていいよ。みんなでおいしいお茶を飲んでお茶菓子を食べるのには変わりないからねぇ。」
そして、彼はそこでとっておきの情報をを教えるようにわざと声を潜めて続けた。
「それに、“お茶会”で出てくるお茶とお菓子はルカが腕をふるってるんだけど、すごくおいしいんだよ。」
「へぇ……!」
お茶とお菓子と聞いて、アリスは自然と興味をそそられていた。ずっとカフェで働いてきた身としては、おいしいお茶とお菓子はとても気になるのだ。
「あいつ、何かにつけて大雑把なんだが、菓子作りだけは別でな。あれは絶品だぜ?なんてったって、あの食わず嫌いのノアも黙って手ぇ伸ばすくらいだからな。」
ノアの名に、アリスは少し表情を強張らせた。それから、二人を見上げた。当人がいないところで詮索するのは気が引けたが、いたところで尋ねるほうが余計に大変なことになりそうなのは目に見えていた。
「……その、ノアさんってどんな人……なんですか?」
その質問に、クロムとレーネは互いに顔を見合わせた。それから、先に口を開いたのは苦笑を滲ませたレーネだった。
「あぁ……まあ、君があの子に良い印象を持てないのはある意味しかたがないか。初対面が初対面だったみたいだしね。」
アリスはその言葉にうつむいた。クロムはその様子を見て、静かにこう尋ねてきた。
「アリス。ノアが怖いか?」
アリスは彼の問いかけに顔を上げ、しばし沈黙したあと、小さくうなずいた。
「……少しだけ。ああいう人は、今までいなかったから。」
クロムはアリスの答えにうなずきながら、軽く腕を組んだ。それから伏し目がちに口を開く。
「……あいつは、少し他人と接するのが苦手なだけなんだ。お前にキツく当たっちまったのも、いきなり他人が自分の生活の中に飛び込んできて戸惑ってる裏返しなんだと思う。」
その言葉には、ノアへのクロムなりの気遣いが端々に感じられた。普段、彼がどれだけノアを気にかけているのかがわかる。
こう言っては怒られるだろうが、アリスはレーネがクロムを保護者と評したのが何となくわかった気がした。年の離れた兄と弟の関係と言ってもいいかもしれない。
そんなことを思われているとは知る由もないクロムは、優しい表情を浮かべて続けた。
「物言いはキツいし、容赦ないし、ひねくれてるが……根は悪いやつじゃないってことは、覚えていてほしいんだ。」
アリスは、今度は間を置かずにうなずいた。
「……うん。」
クロムはそんな彼女に、どこかほっとした表情を浮かべて笑みを深めたのだった。
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