Chapter2―episode17
イヴはそんな三人の様子にぷかぷかと水煙草をふかしながら、耳障りな笑い声を上げた。
「ひひひ……それはそうと、他に訊いておきたいことはないのかい?もっと他に、面白いことはないのかい?今回はそこのアリスに免じてまけとくよ?」
商売根性丸出しの台詞に真っ先に応えたのは、クロムだった。彼は顔をしかめて言った。
「ねぇよ、んなもん。どういう風の吹き回しだか知らねぇが、あんたのことだ。どうせろくでもないことに使おうとか考えてんだろ?」
「人聞きの悪いことを言うもんじゃないよ、坊主。情報屋は情報を集めてなんぼだからねぇ。」
ひひひ……と黄ばんだ歯を見せて笑ったイヴは、どうひいき目に見ても怖かった。賢者ではなく魔女を地で行く笑顔にクロムはいっそう顔をしかめ、アリスは思わず引きつった顔で応じ、
「あはは、悪い笑顔。」
そしてレーネは軽く笑った。彼の神経はどうなっているのだろうと思ってしまったアリスだったが、不意に脳裏をよぎったある人物の姿を思い出して真顔になった。……彼のことについて、この情報屋は何か知っているだろうか。何か、掴めるだろうか。
「……あの、ひとつ訊いてもいいですか?」
そんな思いで、アリスは口を開いた。
「アリスちゃん……?」
これには、先ほどまで笑っていたレーネも驚いたらしかった。
「ほぉう?何だい?」
「情報屋っていうのは、個人のことでも調べられるんですか?」
イヴの答えは早かった。
「それが真っ当な人間なら、調べるのは簡単だよ。データベースをちょいと引っかけてやればすぐに出てくる。」
軽い調子で犯罪まがいの発言をする老婆にじんわりと苦笑を浮かべた後、アリスはまた真顔になって真っ直ぐに彼女を見た。
「……たぶん真っ当ではない部類の人ですけど、調べてほしい人がいます。」
「言ってみな。興味がある。」
「ニコルっていう人について、何かご存じありませんか?……今回の、事件の犯人について。」
視界の隅で、クロムが眉をひそめるのが見えた。
「アリス……そいつは―——」
言いかけた彼を、アリスは頭を振って遮る。
「わかってる。……でも、知らないままではいたくない。その気持ちは、本当だから。」
足元に落とした視線を、再び上げる。
「だから、もし何か知っているなら教えてくれませんか?」
何か気になることがあったのか、イヴがひび割れた唇を吊り上げて笑んだ。前髪から覗く紫色の瞳が電球に照らされ、きらりと光った。彼女は手の内で器用に煙管をくるりと回し始める。
「……ニコル、ねえ。ありふれた名だし、デカい事件を起こした犯人だし、何より死人だ。すぐにというわけにはいかないが……いいだろう、調べてやるよ。」
「えっ……いいんですか?」
至ってシンプルに承諾してくれた彼女に、アリスは拍子抜けしてしまった。イヴはがらがらとした声で笑う。
「自分で言っておいて何を驚いてるんだい?」
「い、いえ……その、快諾してくれると思わなくて……。」
「あたしが面白いと思えばそれでいいのさ。重要なのはそこだよ。金はその次だ。……それに。」
イヴはそこで言葉を切ると、もてあそんでいた煙管を真っ直ぐにアリスに差し向けた。
「あんたのその目。そいつが気に入った。今じゃとんと見なくなっちまった、真っ直ぐで純粋で、汚れを知らない目だ。……ひひ、その瞳でどんな世界を見るのか気になるねぇ。」
アリスは自分の目元に触れた。その横で、レーネがくすりと笑う。
「本当に、キミはどこまでも知りたがりだよね。」
イヴはこの日一番の量の煙を吐き出して笑った。もはや部屋の中は煙でいっぱいになっていて、彼女の吐き出した煙もすぐにその一部になって溶け込んでしまった。
「ひひゃひゃ、それが情報屋って生き物だからね!」
ある意味で情報屋の
「はあ……まあ、思わぬ方向に話が転がったが。助かったぜ、イヴ。」
「礼には及ばないさ。」
にやぁ……と笑って、水煙草の賢者は続けた。
「……ただまあ、せいぜい気張ることだねぇ〈ワンダーランド〉。あんたらが簡単につぶされちまっては、あたしも面白くないからねぇ。」
そんな物騒な言葉を背中に、三人は情報屋〈水煙草の賢者〉を後にした。
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