Chapter2-episode11

 

 

アリスとクロムが待合室に向かうと、既にそこにはメンバーが揃っていた。

それほど広い待合室ではなかった。壁には大きなヒビが走っており、ソファは年季が入っているのか、修繕の跡が多く見られた。途中から諦めたのか、いくつかのソファは中からクッションがはみ出ていた。待合室全体がモノトーン調で統一されているおかげで、クッションの黄色が鮮やかに見えた。

アリスたちが歩み寄ると、それに気づいたらしい一同がこちらを見た。アリスが一礼すると、その中にいたルカが笑顔で手を振ってくれた。

「よし、全員そろってるようで何よりだ。」

待合室に集った面々を見渡して、クロムは満足そうに口火を切った。

「僕は来たくて来たわけじゃありませんけど。」

間髪入れずに、不機嫌そうな表情を浮かべていた白髪の少年がそれに反論する。アリスは見覚えのあるその顔に、反射的に息を呑んでいた。無意識に肩が強張る。最初に目覚めたとき、現実という現実を突き付けてきた少年だった。それを目敏く察したようで、少年はふん、と鼻で笑ってきた。

「その節はどうも。」

彼はあの時と同じ、敵意や疑念に満ちた視線と態度で挑発的に言った。

「言っておきますが、僕はあなたが〈ワンダーランド〉に加入することを望んでいませんから。……大方、クロムさんには全員から許諾を得ているなんて言われたかもしれませんけど、僕は認めてませんから。」

「おい、ノア―――」

「今回ばかりは、ゴリ押しで決めたクロムさんが悪いです。」

クロムが眉をひそめるのも気にせず、少年――ノアと呼ばれた彼は、そう言ってふいっとそっぽを向いた。頑として、自分から何かを言うつもりはないようだった。

「ふふ、ノアにしては上出来だよね?少なくとも、嫌々とはいえここにいるんだから。」

そんなノアの様子を眺めながら茶化すように言ったのは、ピンク色の髪をした青年だった。黄色と青のオッドアイが、彼の醸し出す不思議な雰囲気とよく合っていた。青年はくすくすと笑いながらアリスに視線を合わせ、そしてふわりと笑った。どこか儚く、そしてとらえどころのない笑顔だと思った。

「ボクとは、初めましてだね。レーネっていうんだ。よろしくね、アリスちゃん。」

「え……どうして私の名前を?」

「ふふふっ、どうしてだと思う?」

質問を質問で返されて戸惑っていると、黒で染め上げられた白衣を羽織った女性が助け舟を出してくれた。

「おいおいレーネ……あまりお嬢ちゃんを困らせるな。」

「困らせたつもりはないんだけどなあ。」

「アンタはただでさえ煙に巻くような言動が多いんだ、そこの嬢ちゃんはなおさらだろ。」

パールグレイの長髪と萌木色の鋭い瞳で苦笑交じりに言った女性は、そこでかつかつとヒールを鳴らしてアリスの前に立った。その拍子にふわりと香ったのは、女性らしい香水の香り……ではなく、煙草の苦い匂いだった。

「アタシはフランチェスカ。そこのミネッタと一緒にこの病院を切り盛りしてる執刀医さ。アンタのことは、クロムとルカから聞いてる。そこのレーネが名前知ってんのもそのせいさ。以後、よろしく頼むよ、アリス。」

差し出された手をおそるおそる握ると、彼女はにっと笑った。なんとなく、その笑い方がクロムのそれと似ている気がした。

「あーあ、そんな簡単にタネ明かしされちゃ面白くないなあ……。」

フランチェスカの言葉に、青年――レーネは笑みをたたえたままそうぼやいた。

一通り挨拶を終えると、クロムが帽子の縁に指を添えながら切り出した。

「さぁて……顔合わせも済んだことだし、今後の話をしようじゃねえか。」

その一声に、その場の全員がクロムの顔に視線を向ける。

「今の所、わかってねえことが山積みだが……その中でも知りてぇと思ってることは、“どうしてアリスが狙われなくちゃならなかったのか”だ。」

「まあそうだよねー。アリスちゃんも俺たちも、そこが一番わかってないことだし。」

ルカが年季の入ったソファからはみ出したクッションを指先でいじくりながら言った。その隣で、レーネが笑みを浮かべながら口を開く。

「ふふ、それはさっきも少し話していたことだけど。キミには何か策があるの?クロム。」

レーネの視線を受けたクロムは、首筋を指で掻きながら応える。

「いくつか考えちゃあいるが……まあ、手始めにイヴの所に行ってこようと思ってる。足掛かりを得るにゃ、あいつの所で情報を仕入れるのが一番手っ取り早い。ついでに――」

そこで彼はアリスを見下ろして、にやりと笑った。

「こいつに、下層部を案内しようと思ってな。」

「ああ、いいね!それなら俺もついていきたい!」

クロムの言葉に反応したルカが手を挙げて言うと、横合いからミネッタがその編み込みを引っ張って制した。

「だめよー、ルカ。今日は私のお手伝いをしてくれる約束だったでしょう?」

「あっ、そうだった……。」

見るからにしょげてしまったルカを横目に声を上げたのはレーネだった。彼はふわりと立ち上がると、読めない笑顔で言った。

「じゃあ、ボクがついていこうかなあ。アリスちゃんとももっとお話ししたいしね。」

クロムはレーネに頷いた。それから、改めて一同を見渡した。

「それじゃ、今日はそういう手筈で頼む。」

その言葉で、皆は動き出した。

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