Chapter2-episode10

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アリスがクロムと話していた、ちょうどその頃。


「ですから、僕は絶対反対です!!」

その強い言葉に、ルカはどうしたものかと頭をかいた。

ここは、下層部第9街区にある病院〈ミネッタ・フランチェスカ〉──〈ワンダーランド〉の拠点として協力してくれている場所のひとつだ。……まあ、病院といっても規模の割に医師はたったの二人だけなのだが。

ともあれ、今現在その待合室には、アリスの元に行ったクロム以外の〈ワンダーランド〉の面々が顔を揃えていた。

「ただでさえ〈紅の咆哮〉相手に大立ち回りしたっていうのに、どうしてこれ以上厄介ごとに首突っ込もうとするんですか!!」

バン!とソファの背をぶっ叩いたメンバーに、ルカは困り顔をする。この白髪の少年は、メンバー内でも最も若いが最も気難し屋でもある。こうなっては、ルカ一人で説き伏せるのは難しい。

「そう言われてなもなぁ……。」

困っていると、それまで成り行きを眺めていたもう一人のメンバーがくすくすと笑った。ピンク色の髪を緩くまとめた青年は、長い指先で黒い猫型のヘアピンをいじりながら口を開いた。

「ふふっ、じゃあ君はどうするのが最善だと思うの?ノア。」

そう言われた少年───ノアは、青年の言葉に詰まったあと、嫌そうな顔で答えた。

「それは……ものすごく嫌ですけど、〈雪花の騎士団〉に頼るしかないんじゃないですか?」

「ふぅん?彼らの手は絶対借りないってこだわってたのに、随分あっさりひくんだね?」

「っ………。」

ノアの顔が歪んだ。沸点到達まで3秒前といった感じだ。ルカは目線で青年を制しようと努めてみたが、青年はあっさりとそれを無視してくれた。

彼は肩をすくめると続けて言った。

「それに、間抜けな〈騎士団〉に任せたところで彼女を守り切れるとも思えないし。何せあの〈紅騎士〉が狙ってきたんだもん、総力戦になるのは目に見えてる。そんなのになっちゃったら、このゼルトザーム自体が〈災厄〉の二の舞になりかねないよ?」

「……ですけど……!!」

声を荒げたノアは、そこで一度気持ちを静めるように息をついて続けた。

「……ですけど、そんな大事になりかねないような大元の人を、僕らごときがどうできるっていうんです?ていうか、そもそもあの人は何者なんですか?」

「さぁねぇ……あの子が何者なのかはわからないし、具体的にどうするのか明確にはわからないけど。少なくとも、クロムは無策で彼女を〈ワンダーランド〉に迎えようと思ったわけじゃないと思うよ?……ねえ、ルカ?」

同意を求めるように、青年はルカを見た。ルカはその視線ににっこりと笑った。

「うん、オレもレーネの言うとおりだと思うよ。クロムはオレよりずっとずっと頭がいいから、たぶん大丈夫だよ、ノア。」

レーネと呼ばれた青年は、今一度ノアを見た。ノアは深いため息をついて頭をかいた。

「あなたの『たぶん大丈夫』は一番よくない返事じゃないですか!はぁ………なんでそんなあやふやなことで他人を信用できるんだ………。」

ノアの呟きに応えたのは、ルカでもレーネでもなかった。

「あらあら、男三人がこんなところでどうしたの?」

三人が声のした方を向くと、ちょうど病室から帰ってきたミネッタが器具の乗ったトレイを持ってこちらへ歩いてくるところだった。彼女はふわふわとした足取りでやってくると、待合室の手近なソファに座った。

「ミネッタ!クロムたちは?」

ルカの言葉に、ミネッタはふわりと笑った。

「アリスちゃんとお話中よ。私、ちょっとからかいすぎちゃって追い出されちゃったわ。」

「あはは、クロムったらずるいなぁ。一人だけ抜け駆けなんて。ボクなんてまだ話したことすらないのに。」

レーネが声を上げて笑う傍ら、ミネッタはきょろきょろとあたりを見渡した。

「あら?そういえば、フランチェスカは?さっき起こしたんだけど……。」

「フランチェスカさんなら、二度寝していましたよ。散々耳元でアラーム鳴ってるのに起きないのはもう才能ですよ、あれ。」

ノアの言葉に、ミネッタはあらあら、と苦笑を浮かべた。

「だめねぇ、執刀医がいなかったら手術ができないわ。こればっかりは私が代わってあげるわけにはいかないものね。」

軽い調子で言ったミネッタだが、それを聞いた他の三人はなんともいえない微妙な顔をした。彼女にメスを執らせると地獄絵のような大惨事が起こるのだ。患者の臓物をさっくり刺しかねない。

「今度から、フランチェスカの目元にマスタードでも塗ってから起きようかしら。そうしたらいくらあの子でも起きると思うの。」

「──バカいうんじゃないよ、ミネッタ。そんなことしたらアタシの目がお釈迦になっちまうだろ。」

不意にその場に響いた声に、一同はそちらを振り向いた。そこには、あくびをしながらやってくる一人の女性がいた。黒に染め上げた白衣がきりっと引き締まった印象で、雰囲気によく似合っていた。

「おはよう、フランチェスカ!ちょうどみんなでフランチェスカの話をしてたところだよ!」

彼女──〈ミネッタ・フランチェスカ〉の執刀医、フランチェスカは、ふん、と鼻で笑った。拍子に、パールグレイの長髪がさらりと揺れた。

「んなことは知ってるよ。アンタたちの話し声なら、廊下の端まで聞こえてる。」

ルカの言葉を両断したフランチェスカは、ぐるりとその場を見渡した。

「で?あの子のほうはどうなったんだい?」

「あぁ、それならクロムが───」

ルカが事情を説明しようと思ったとき、不意にレーネが左右で色の違う瞳を、先ほどフランチェスカがやってきた方向へ向けた。

「来たみたいだよ。」

そちらに目を向ければ、廊下を歩いてくる三人の人影が見えた。

クロムの横をしっかりとした足取りで歩いてやってきた彼女は、待合室の面々を見渡したあと、ぺこりと頭を下げた。

その瞳は、思いの外気丈だった。

もう大丈夫だ、と、ルカはその瞳を見て自然と頬が緩むのを隠せなかった。



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