Chapter2-episode9
驚きを隠せないアリスに、クロムは真面目な顔で続けた。
「まだたしかな理由がわかったわけじゃないが、あんたは〈紅の咆哮〉に狙われてる。こんな形とはいえ、関わった以上は俺たちだって他人事じゃねえ。」
そこで、クロムはかすかに笑みを浮かべた。
「いや、関わらせちゃくれねぇか?きっと俺たちなら、あんたの力になれると思うんだ。」
クロムの言葉に、ミネッタはくすくすと笑った。
「あらあら、クロムったら。とんだ口説き文句だわ。」
「うるせぇよ。頼むから、ちょっと黙ってちゃくれねえか?ミネッタ……あんたが口を挟むと話が進まねぇよ。」
「ふふっ、つれないわね。それじゃあ、私は席を外してましょうか?」
「あぁ、そうしてくれ。」
ミネッタは残念、と言いながら立ち上がると、細い指先でふわりとアリスの頬を撫でた。
「それじゃあ、またあとでね、アリスちゃん。クロムは大丈夫だと思うけど、何かされたら言ってちょうだいね。すぐに駆けつけるから。」
「あんたは俺を何だと思ってんだ。」
憤慨するクロムに、女医は笑みを深めた。
「とっても優しい人よ。……こちらが心配になるくらいの、ね。」
そして、ミネッタは手際よく器具を回収すると、部屋を出ていった。かつんかつんというヒールが床を打つ音が遠ざかっていくと、クロムはやれやれと肩をすくめた。
「まったく……どいつもこいつも好き勝手言いやがる。」
そんな彼に、アリスは考えるより先に口を開いていた。
「あなたは……あなたたちは、一体何者なの?どうして私にこんな───」
「おっと、ひとつひとつ答えてやるから、いっぺんに質問してくれるなよ。」
クロムは器用に片目を閉じて言うと、部屋の壁に寄りかかって、早速説明を始めた。
「……俺たち〈ワンダーランド〉は、何でも屋と称しちゃいるが、平たく言えば今の体制に不満を持った連中の集まりだ。」
「……不満?」
聞き返したアリスに、クロムは頷いた。
「あぁ、そうだ。〈紅の咆哮〉も〈騎士団〉も互いに争いあっているだけで、本当に助けが必要なところに手を差し伸べることをしない。俺たちは、そんなのはおかしいと思って集まってきたんだ。」
そこで一呼吸置くと、彼は続けた。
「だから、〈紅の咆哮〉と〈雪花の騎士団〉──そのどちらにも与しないことで、人々を助ける。それが、俺たちの活動の方針だ。」
アリスは、彼の言葉に知らず息を呑んだ。
〈紅の咆哮〉と〈雪花の騎士団〉──この社会において大きな影響力を持つ組織のどちらにも与せず、自分たちの意志を貫く。そんなことができるのだろうか。
言わんとしていることがわかったのだろう。クロムは苦笑を浮かべた。
「……まあ、正直かなり険しい道だがな。あんたも見たとおり〈紅の咆哮〉とはああいう風に敵対的だし、〈騎士団〉からもあまりいい顔はされてねぇ。あいつらからすりゃ、自分たちのテリトリーを好き勝手する荒らし屋も同然だろうからな。……でも、そんな荒らし屋だからこそ、できることだってある。」
黒髪の青年は、一度自分の手のひらに視線を落とすと、ぐっとその手を握りしめた。それから、意志の強い瞳で目線をあげる。
「……あんたは知りたがってたな。どうして自分がこんなことに巻き込まれたのか。どうして、あんたの家族が死ななきゃならなかったのか。」
「……!」
アリスは無意識に掛け布団のカバーを握りしめた。クロムは続けた。
「俺たちの中では、一応話はついてる。あとは、あんたの返事一つだ。無論、あんたが望むなら、だがな。無理強いするつもりはないさ。」
アリスは、うつむいて目を強く閉じた。
そうすれば、クラウスたちが勇気をくれる気がしたから。
(………。)
しばしの沈黙のあと、アリスは顔を上げた。
「……知りたい。」
一度口に出せば、それはたしかな気持ちとして心の中にすとんと落ちた。アリスは、カバーを握ったまま続けた。
「正直知るのは怖いけど、理由を知らないままのほうがもっと怖い。自分のことも、……ニコルさんのことも、私は何一つ知らないから。」
アリスは、クロムに深く頭を下げた。
「お願いします。力を貸してください。」
クロムは、その言葉に苦笑を滲ませた。
「ほんと律儀だな、あんた。元より協力させてほしいと頼んだのはこっちなんだが……まあ、いいか。」
彼は被っていた帽子をとると、それを胸に当てて腰を折った。そして、しっかりとアリスの目を見て鮮やかな笑みを口の端に閃かせた。
「その“依頼”、引き受けた。……これからよろしく頼むぜ?アリス。」
少し芝居がかった大仰な仕草に、アリスは気づけば笑みを浮かべていた。
事件があって以来、初めての笑顔だった。
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