Chapter2-episode8

翌朝。

かちゃかちゃと何かをいじる音が耳元でして、アリスは目を覚ました。

「………?」

薄く目を開くと、枕元に誰か立っている。

「………だれ?」

ほとんど寝言のような発音になってしまったが、そこにいた人物は耳聡いようだった。やっていた作業をやめると、アリスの顔をのぞき込んできた。

「あらあら、起こしてしまったかしら?」

柔らかい笑顔を浮かべてこちらをのぞき込んできたのは、花のモチーフのバレッタがよく似合う優しい雰囲気の女性だった。

まだ夢うつつでぼんやりしていたアリスにも、彼女はふふっと笑った。

「眠いなら寝ててもいいわよ?」

アリスは首を横に振って、身を起こした。それから、改めて女性を見た。

ゆるく波打つオリーブ色の髪とアーモンド色の瞳が印象的な女性だと思った。ただ、ふんわりとしたワンピースに、首から下げた聴診器という組み合わせは果てしない違和感を覚えた。

「あの、……あなたは……?」

アリスの問いに、彼女はふわふわした笑顔のまま答えた。

「ふふっ、私はミネッタ。ここで医者をしているの。よろしくね、アリスちゃん。……本当は寝ている間に体温とか血圧とか測ってしまおうと思ったのだけれど、起こしてしまってごめんなさいね。」

そう言って、彼女───ミネッタは茶目っ気たっぷりにウィンクして見せた。たしかに、ベッドサイドに申し訳程度に置かれた椅子には、体温計や血圧計などのさまざまな機器が銀のバットに入れられて置かれていた。

ミネッタはそのままベッドの端に腰掛けると、笑みを深めてアリスの髪を軽くいてくれた。

「だいぶ元気になったようでよかったわ。ルカに任せて正解ね。」

「え………?」

どうしてルカの名前を知っているのか、とアリスが問おうとしたときだった。コンコン、と少し速いノックの音が聞こえた。

「あらあら、こんな時間に……不躾ねぇ、クロムは。」

ミネッタの言葉に、アリスは驚いて彼女を見上げた。

「ノックの音だけで誰だかわかるんですか?」

彼女はくすりと笑った。

「ええ、わかるわ。特技みたいなものだから。」

そして、ミネッタはドアの向こうの来室者に声をかけた。

「入ってらっしゃいな、クロム。アリスちゃんもちょうど目を覚ましたところよ。」

ドアを開けて入ってきたクロムは、アリスが見慣れた帽子姿だった。彼はアリスを見るとほっとしたような表情を浮かべた。

「よかった……だいぶよくなったみてえで何よりだ。」

「えっと……ごめんなさい、心配かけて。」

アリスが頭を下げると、クロムは苦笑交じりに言った。

「本当にな。いきなりぶっ倒れたときにゃ久しぶりに焦ったぜ?」

「ふふっ、クロムったら血相変えて診察室に飛び込んでくるんだもの。笑っちゃったわ。」

ミネッタが楽しそうに後に続けた。クロムは苦い顔で彼女を見た。

「おいミネッタ……ここでそりゃねえだろ……。」

「あら、いいじゃない。面白かったんだから。」

「人の命かかってるかもしれなかったってのに、笑えるかどうかとかいうレベルじゃなかっただろうが。はぁ………これだから医者はわかんねぇな……。」

頭を抱えたクロムだったが、気を取り直したように息を吐いたあと、真剣な表情でアリスに目を向けた。自然と背筋が伸びるような視線だった。

「アリス。目が覚めた直後にこんな話をしたくはなかったんだが……これはあんたにも俺たちにも大きく関わることだ。聞いてくれるか?」

「……わかった。」

アリスの返事に、クロムは少し意外そうな表情を見せた。

「……?クロム?」

「あぁ、いや……思いの外、冷静な返事だと思ってな。」

それなら大丈夫そうだ、と、クロムは微笑を口の端に浮かべた。

「話というのは単純だ。───アリス、あんたが良ければ、〈ワンダーランド〉に来ないか?」

その提案は、アリスの予想の上を行くものだった。

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