Chapter2-episode6

次にアリスが目を覚ましたのは、真夜中だった。

部屋に差し込むのは、閉じられたブラインドからこぼれる青白い光。そっと身を起こして隙間からのぞいてみると、その光は近くに立つ街灯のものだった。

周囲の建物に関しては、暗くてよく見えない。ただ、街灯にうすぼんやりと照らされている外壁を見る限りでは、ここが中間層部ではないことは確かだった。

(……中間層部の建物なら、あんな風に薄汚れた外壁じゃないもの……。)

アリスは、何の感情もなくそう思った。

そのときだ。きぃ……とドアがきしむ音がした。そちらに目を向ければ、誰かが部屋に入ってきたところだった。両手がふさがっているらしく、足でドアを閉める。雑に見えるのに、ずいぶんと静かな動作だ。

その人物は数歩こちらに歩み寄ると、アリスが起きていたことに気がついたらしかった。

「アリス!?」

彼──ルカは、やや乱雑に棚の上に持ってきていたものを置くと、驚いた様子でアリスの傍に両膝をついた。

「目、覚めたの!?」

「……うん、ついさっきね。」

ルカはその言葉に心の底からほっとしたように笑顔を浮かべると、アリスの手を取った。

「よかったぁ……昼間は心配したんだよ?目が覚めたって聞いたと思ったら、倒れたって。」

「……うん、ごめんね、心配かけて。」

「今の気分はどう?どこか具合悪いところとかない?あ、水飲む?喉渇いてるよね?」

「……………。」

アリスは沈黙した。それを見たルカは、何を勘違いしたのか慌て出した。

「あぁ、ごめんね!立て続けに訊いちゃ、答えられないよね。前にもクロムに言われたんだけど、オレって馬鹿だから物覚え悪くて……。」

「……………。」

「………アリス?」

そこでようやくアリスの様子がおかしいことに気がついたルカは、大きく澄んだ薄青の瞳で彼女の顔をのぞき込んだ。

「………どこか痛いの?」

アリスはうつむいた。

「………帰りたい………。」

気づけば、そんな言葉が口をついて出ていた。そして、一度言葉となって浮き上がってきた感情は、堰を切ったように溢れ出て止まらなくなった。

「帰りたいよ………おじさんたちが待ってる〈ウィスタリア〉に……。」

「アリス……。」

「どうして、皆死ななきゃならなかったの…?どうして、私は生きてるの…?……なんで、私一人だけ、助かってしまったの?」

泣いても何も変わらないのに、拭っても拭っても涙が止まらない。アリスは握られた手を離すと、顔を覆った。

「……ごめんなさい……こんなこと言われても、困るよね………。ごめんね……。」

ごめんなさい、と繰り返す声が個室にこだまする。嗚咽を漏らさないようにと歯を食いしばる自分を、ルカが心配そうに見ている。泣き止まなければならないのに、本当に涙腺は言うことをきいてくれなかった。

不意に、ためらいがちに、アリス、とルカが名前を呼んだ。顔を上げると、そこには彼が真っ直ぐにこちらを見つめていた。

「……オレって馬鹿だから、こういうときどうすればいいのかわかんないんだけどさ。昔ね、オレがお世話になってる人が言ってたんだ。」

そこで、ルカは優しい笑顔を浮かべた。

「泣きたいときは、我慢するなって。たくさん泣いたら、そのぶん2倍、笑えば良いんだって。」

だから、とルカは続けた。

「無理して泣き止もうとしなくていいんだよ、アリス。これからいっぱい笑えばいいから、今は泣いていいんだ。」

心にしみるような優しい言葉に、アリスはもう堪えきれなかった。

子供のように泣いた。もしかしたら、一生分の涙を流したのではないかと思うくらい泣いた。

その間、ルカはずっと傍にいて、アリスの頭を撫でてくれた。それが、ずっと昔にクラウスがそうしてくれたのとどこか似ていて、アリスはまた泣いたのだった。

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