Chapter2―episode5

―——―——

 

中間層部第7区。

特段これといって特徴のない、ごく普通のビル。

その屋上に、彼はいた。

「……………。」

眼下に見下ろすゼルトザーム中間層部の夜景は静かにきらめく光の海のようで、時折そこから吹き上げる夜風が髪を乱していく。ばたばたと肩にかけた上着がはためき、彼は片手でそれをなだめた。もう片方の手で、くわえていた煙草を口から引きはがす。これ以上吸っては身体に悪いことは、自分がよくわかっていた。

不意に、こつん、と靴音がした。

彼はそれに一切反応を見せることはなかった。

「気が付いていたなら、声くらいかけてくれてもいいんじゃないですか?」

「これでは隠れ損ですよ。」

物陰から不満そうな表情で現れたのは、鏡合わせのような双子。服のパターン、帽子のかぶり方、ほくろの位置に至るまで、そのどれもが完璧な対称性を持っている。声のトーンも似通っているので、正直見分けをつけるのは至難の業だ。このビルに通う人間の中で、いったい何人が間違えずにいられるだろう。

双子の言葉に、彼はふっと笑った。決して若くない風貌が、それだけでぱっと人目を引き付ける華やかさをまとった。

「そう不満げな顔をするな、シエル、シエロ。」

呼びかけられた二人―—シエルとシエロは、同時に応えた。

「「そう言われましても。」」

彼は喉の奥で笑い声を漏らすと、吸っていた煙草を足元に放って踏みつけた。

休憩は、ここまでだ。

彼は夜景から目を背けると、双子に向き直った。ぴりぴりと肌を刺すような空気に、双子は自然と居住まいを正した。

「で?あいつはどうしている?」

「部屋にこもったきりですよ。今回の件はよほど堪えたんでしょうね。」

シエルが答えると、流れるようにシエロが口を開いた。

「食事もろくにとっていないようですし、僕たちでさえ面会させてもらえませんし。あれでは独房とさして変わりがありません。」

「………そうか。」

彼は言葉少なにそれだけ口にすると、しばしの間沈黙した。それから、また口を開いた。

「捜査のほうは、引き続き君たちに任せる。それから、あいつにあとで俺が部屋へ行くと言伝を頼む。」

二人は、深く突っ込んで聞くことはしなかった。ただ同時に一礼するに留めた。

この組織においては、彼が絶対。打つ手は常に冷静で隙が無く、どんな状況にも揺るがず、そして敵には容赦しない。

それが、犯罪対策組織〈雪花の騎士団〉長官―—二つ名を〈白の王〉と呼ばれる、ブランという男だった。

ざぁ、と一段と強く風が吹いた。

彼はそれに目を細めて、小さくつぶやいた。

「……嫌なにおいだな。」

それが何を意味しているのか、双子には知る由もなかった。


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