Chapter2-episode4

どれくらい経ったのだろうか。

不意に聞こえたドアをノックする音で、アリスは我に返った。

「……は、はい。」

少しかすれた声で答えると、ドアの向こうからは聞き覚えのある声がした。

『クロムだ。起きたってきいてきたんだが……今、大丈夫か?』

一瞬名前を聞いてもぱっと顔が思い出せなかったが、アリスは条件反射で答えてしまっていた。

「……どうぞ。」

邪魔するぞ、と言って入ってきたのは、つなぎ姿の黒髪の青年だった。帽子もなくて服装も違ったが、その力強い光を宿す緑色の双眸は、まぎれもなく彼―—クロムだった。彼はアリスの座るベッドのそばにやってくると、その背を壁に預けて笑いかけた。

「……うん、よかった。思ったよりも元気そうだな。ひとまず安心した。」

「え……と、ありがとう。」

「礼には及ばねえよ。」

さらっと返したクロムに、アリスは知らず顔をうつむけていた。

『第12街区で起きた爆破事件における生存者は、犯行を行ったとされるニコルという男を含めてゼロです。』

『〈ウィスタリア〉、でしたか……現場も、今は焼け跡しかありません。』

先ほどの少年の言葉が、ずっと頭を離れない。彼は、必要最小限のことしか教えてくれなかったけれど……。

(きっと……この人なら、教えてくれるんじゃないかな……。)

この状況について、もっと詳しく。

アリスは、自分の服の端をぎゅっと握りしめた。おそらくは寝ている間に着替えさせられたのだろう、普段着とは違うゆったりとしたローブのような服が、手の中でしわくちゃになるのを感じた。

(……でも。)

訊くのが怖かった。

その様子に気が付いたのだろう、クロムがふとかがみこむ気配がした。そっと顔を上げれば、同じくらいの目線で彼がこちらを見ていた。

「……どうした?」

優しい声に、アリスは奥歯をかみしめた。そうしないと、張り詰めていた糸が緩んでしまいそうだったから。

彼女はまたうつむくと、声を絞り出した。

「……死んでしまったんでしょう……?」

「え?」

「みんな、死んでしまったんでしょう……?私の帰る場所は、もうどこにもないんでしょう……?」

クロムが息を呑んだ。それから、彼はアリスの肩をつかんだ。

「どうして、それを―——」

ああ、やっぱりそうなんだ、と、アリスは頭の中のどこか冷静な部分で理解した。気づけば、ぱたぱたと握った手の甲に涙が落ちていた。

息が苦しかった。どくどく脈打つ心臓の音と、ひゅーひゅーと鳴る息の音だけが妙に大きく聞こえる。

「……い…、しっかりしろ………!」

誰かが耳元で叫んでいる。薄く目を開ければ、クロムが焦ったような表情で顔を覗き込んでいた。どうして、そんなにも焦っているのだろう。暗く、狭くなっていく視界の中で、アリスはぼんやりと思った。

(……このまま、みんなのところに、逝ければいいのに……。)

どうして、私だけが、生き残ってしまったのだろう。

そこで、意識が途切れた。


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