Chapter2-episode3

「──────っ!!」

声にならない叫びをあげて飛び起きる。全身から嫌な汗をかいていて、息は完全に上がっていた。鼓動が嫌に大きく聞こえるのが気持ち悪かった。

アリスは見慣れない部屋に寝かされていた。狭い部屋で、アリスが寝かされていたベッドの他には小さな棚がひとつ置かれているだけだった。棚の上には小さな花瓶があり、名も知らない花が一輪だけ挿してあった。

どことなくツンと鼻を衝くにおいがする室内をぼんやりと見ながら胸を押さえて呼吸を整えていると、すぐ隣で声がした。

「ようやく起きましたか。」

落ち着いてきた心臓が止まるかと思った。

驚いてそちらを見ると、ベッドわきに一人の少年が立っていた。あまりに静かすぎるので気が付かなかった。

見事な白髪の少年だった。歳は、アリスよりも少し年下だろうか。聡明そうな顔立ちをしていた。

「あなたは……。」

少年はアリスのつぶやきを無視すると、それまでいじっていた携帯端末を腰から下げたホルダーにしまい、素っ気ない調子で答えた。

「ずいぶん寝てましたね。まあ、半分くらいはうなされていたみたいですけど。」

少年は無表情に言うと、さっさとベッドサイドから離れて部屋を出て行こうとする。アリスは慌ててその背中を呼び止めた。

「ま、待って……!」

少年はドアノブに手をかけたところで肩越しにこちらを振り返る。

「あなたは……誰?ここは、どこ?私、たしか……。」

すると、少年はそのきれいな青紫色の瞳を不機嫌そうに細めた。それだけで、持ち前の雰囲気がきつい印象になる。

彼が放つぴりぴりとした空気に戸惑っていると、少年は口を開いた。

「僕はよく知りもしない人間に名前を軽々しく教えない主義なんです。……特に、あなたのような物騒な連中に追われているような人には。」

アリスはその言葉に身体をこわばらせた。少年は体ごとこちらに向き直ると、きつい視線を真正面からぶつけてきた。

「あなたのほうこそ、何者なんですか。見たところ、〈紅の咆哮〉に目をつけられるにしては随分普通ですが。」

「普通って……。」

「いい意味で言ってますよ、これでも。連中に―—しかも、〈紅騎士〉に狙われるような奴は、あの組織でも重大な裏切り者ですから。」

少年は温度の低い声でつづけた。

「……事件規模を見ても、死者数を見ても、ここ最近の連中がらみの事件では一番大きな事件だと思ったから、被害者が来たと聞いて少しは興味を持っていたのですが……。当てが外れました。」

アリスは彼の言葉に息を呑んだ。そして、ベッドから転がり落ちるように降りると、少年の服の裾を掴む。そのことに少年のほうが驚いたようだが、アリスは気が付かなかった。

「知っているんですか……!みんなが、どうなったのか……!」

少年はふん、と鼻で笑った。

「当然でしょう。丸一日経ってるんですよ。」

アリスは彼を引き留める手に一層力を込めた。爪が白くなるくらい、強く。

「教えてください……!〈ウィスタリア〉は……みんなはどうなったんですか!?」

少年はしばしの間黙って自分の服を掴んでくるアリスの顔を見下ろしていたが、やがて顔を逸らした。それから、何の感情もない声で告げた。

「……第12街区で起きた爆破事件における生存者は、犯行を行ったとされるニコルという男を含めてゼロです。」

一瞬にして、血の気が引いた。夢ではなく、本当に世界から音が消えた気がした。

「―――…………え……?」

服を掴む手から、力が抜ける。立っているのがやっとだった。

アリスはふらつく足取りで数歩下がると、そのままベッドに座りこんだ。

「……う、そ……。」

脳裏をよぎるのは、どれもそんな非道なこととはかけ離れた、親しみやすい笑顔を浮かべたニコルの顔ばかりだった。それが、アリスの知る「ニコル」という男性だったからだ。

「……生存者が、いない……?それに、今、犯人は……ニコルって……。」

ひどく混乱した様子のアリスにも、少年はいっそ冷酷に見えるほど淡々と続けた。

「僕は事実を述べたまでですよ。〈ウィスタリア〉、でしたか……現場も、今は焼け跡しかありません。現在、あの周辺は立ち入り規制がなされていて、〈雪花の騎士団〉が調査を継続中です。」

その声も、どこか遠くに聞こえた。

「……そんな………どうして、ニコルさんが……。」

少年は事実を受け入れられない様子のアリスを眺め、かすかに目を細めて言った。

「……あなたは、心から人を信用して生きてきたんですね。馬鹿みたいにおめでたい人だ。」

それから視線を外してドアを開け、今度こそ部屋を出て行った。

「……他人なんて、期待するだけ裏切るのに。」

去り際にぽつりと呟かれた言葉は、アリスの耳に届くことはなかった。

 

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