Chapter2:Wonderland

Chapter2-episode1

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ゼルトザーム中間層部第9区。

シティに近いここは、今や高層ビルが林立するオフィス街となっていた。〈災厄〉以来廃止されたパブリックレールがないだけで、その街並みはシティそのものである。〈災厄〉以前を知る者の中には「準シティ」と呼ぶ者もいるくらいだ。

その中でもひときわ背の高いビルの最上階にて、〈紅騎士〉ことアサギリは一人の女性と対面していた。

「貴方が任務に失敗するなんて、珍しいこともあったものだわ。」

広い室内にあるのは、机と椅子が一対だけ。黒と深紅で統一されたその部屋の主は、アサギリの報告を聞いた後、皮肉たっぷりにそう言った。

「……申し訳ございません。」

アサギリは言葉少なに頭を下げる。

今まで数々の難局を切り抜けてきたアサギリだが、どんな強大な敵を目の前にするより、この瞬間が最も恐ろしい。彼女の機嫌を損ねて首を刈りとばされた身内を、もう何人も見てきた。

力無き者は、力ある者に従属する。それが、彼女───〈紅の咆哮〉の頂に立つ、ルージュという女性の根幹を成す考えだ。

アサギリの内心の緊張とは裏腹に、ルージュはあっさりと口を開いた。

「まあいいわ。今までの功績に免じて、今回のことは大目に見てあげる。ここで貴方の首を刎ねてしまっては、戦力不足になってしまうもの。」

感謝なさい、という言葉にまた頭を下げたアサギリを横目に、ルージュは艶やかな唇を吊り上げた。

「……それにしても、〈ワンダーランド〉…ね。」

つ、と赤い瞳が嬉しそうに細まる。付き合いの長いアサギリでさえも驚くほど、今日のルージュは、ひどく機嫌が良さそうだった。

「……私に逆らうなんて、どこまでも勇ましくて、愚かだわ。いっそ殺すのが惜しいくらい、いい玩具じゃない。ちょっといたぶってあげたいわね……。」

くすくすと笑いながら呟く声に、アサギリは無言を貫いた。それから、慎重に話題を逸らす。

「……この後は、いかがなさいますか。」

幸いにも、ルージュは怒らなかった。アサギリは自分の運の良さに感謝した。

「いくつか考えてはいるけれど、今のところは様子見ね。少し、〈騎士団〉とも遊んであげなきゃいけなくなるだろうし……。」

ルージュは、黒塗りの机の上に置かれたチェスの駒をひとつ、手に取った。

黒のクイーン。盤上で最強の駒。ルージュが一番好きな駒だ。

「今はまだ、焦らなくてもいいわ。……そのための布石は、打ってあるから。」

美しくも冷酷なる女王は、それにそっと口づけながら笑みを深めた。





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