Fragment

a Sinner's wish

─────────


【目標が動いた】

【あとは手筈通りに】


【目標が逃走】

【コードBの発動を許可する】


端末に映った簡潔すぎるその命令に、俺は静かに目を閉じた。あの〈紅騎士〉から無事に逃げ切ってくれたのだという安堵と……できることなら、こうなってほしくなかったという想いが胸を満たして、うまく息が吸えなかった。

最初は、組織のために接触したつもりだった。〈災厄〉で何もかも失った俺に、生きるための道を示してくれたのは組織だけだったからだ。それに応えるためなら、何だってするつもりでいた。

それが、ここに通うことが楽しみになっていたのは、いったいいつからだったのか。

あぁ、どうしてもっと違う出会い方ができなかったんだろう。

こんな形じゃなく、もっとなんでもない……そう、何も持たないただの友人として、君たちと出会いたかった。

死んでほしいと思ったことは一度もない。だが、これから俺がすることは大いなる矛盾だ。許されることは決してない。

端末を操作して、ある画面を表示する。ボタンがひとつだけ表示された、素っ気ない画面。

それを押せば、10秒後に、ここはなくなる。お人好しで気の優しい店主と、気の置けないたくさんの友人たちを巻き添えにして。

それでも、俺は組織に逆らえない。とんだクソ野郎だ。

「……………」

俺は、震える指先で、画面に触れた。たった10秒のカウントダウンが始まった。

そのまま何気ないふりをして店を出るという選択肢もあった。組織の命令では、そうすべきだった。

だが、俺はカウンター席の定位置から動くことはしなかった。最初で最後の命令違反は、俺のちっぽけな意地だった。

大切な人たちと、大切な場所で死ねるなら、本望だ。

たとえ、死にゆく果てが、地獄の底だとしても。

「?どうしたんだい?ニコル。そんな泣きそうな顔をして……」

きょとんとした顔をしたクラウスに、俺は無理に笑顔を見せた。うまく笑えた自信は、全くなかった。

「クラウス………ごめんな………。」




一瞬の閃光、爆発。

不思議と、痛覚はなかった。




薄れゆく意識の中で、ぼんやりと思うのは、この場にいない二人のこと


あぁ、どうか、生き延びてほしい

どうか、君たちは、進むべき道を、間違わないでほしい





ひとつだけ願うことが、許されるなら、……どうか…………




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