Chapter1-episode16

 

ルカの操縦するエアバイクは、〈ウィスタリア〉から少し離れた路地の入口に停まった。

「はい、到着っと!」

アリスは地面に降り立つと、改めてクロムとルカに向き直って深々と頭を下げた。

「本当にありがとう。何度お礼を言っても言い足りないくらいだわ。」

その言葉に、クロムは苦笑交じりに応えた。

「律儀な奴だなあ、あんた。そんな風に感謝ばかりされると、調子狂っちまう。」

そこで彼は腕を組むと続けた。

「まあでも、悪い気はしねえな。その場しのぎとはいえアサギリの旦那にも一杯食わせてやったし、何よりあんたを無事に助けることができた。何でも屋冥利に尽きるってもんだ。」

その隣で、ルカがにこやかにうなずく。その様子を見て、アリスはもう一度心の中でお礼を言った。

辺り一帯に爆発音が響いたのは、その時だった。

ぐらりと地面が揺れるほどの衝撃と空気を震わせる轟音。人々の悲鳴と怒号。それらが押し寄せてきた方向を振り返ったアリスは、自分の目が信じられなかった。

「……うそ……。」

ひときわ高い火柱を上げて燃え盛っていたのは、中間層部第12街区でも知る人ぞ知る名喫茶。看板商品は、人のいい店主の熟練の手業によって淹れられるコーヒーとビーフシチュー。

――カフェ〈ウィスタリア〉。

「っ、おい待て!!危ねえ、戻れ!!」

アリスはクロムの制止も振り切って駆けだしていた。

世界がまるでスローモーションのように映った。妙に視界がちかちかして、色を失っている。喉はからからに乾き、押し寄せる人波をかき分ける腕も、踏み出す足も、震えが止まらない。

アリスは、先ほど自分が殺気の前にさらされたよりときもはるかに強い恐怖を感じていた。

「おじさんっ!!!ニコルさん!!!みんな!!!」

声を嗄らして叫ぶ。だが、それに応えるのは木が燃えて爆ぜる音と家が崩れていく音だけだった。

「……っ、だめ、だめだよ……。助けなきゃ……。」

気が動転したアリスが、燃える〈ウィスタリア〉に一歩踏み出した時だった。

また大きな音を立てて、爆発が起きた。その衝撃で吹き飛ばされた彼女は、地面にしたたかに身体を打った。

気が遠のく。誰かが自分の身体を助け起こしてくれた感覚がするも、それが誰なのかを認識する間もなくアリスの意識は途切れた。

ただ、頬に受ける風がやけに熱かったことだけは、覚えている。

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