Chapter 1—episode7
しばらくして、次第に店が混み始めてきた。お昼時に差し掛かってきたのだ。
アリスもさすがに客とおしゃべりに興じる暇はない。ホールと厨房を忙しなく行き来していると、それまで端末で読書にいそしんでいたロトが声をかけてきた。
「すみません、アリス。私、そろそろお暇させていただきますね。お店も混んできましたし」
「そう?せっかくだし、もっとゆっくりしていってもいいのに」
「いえいえ、そんなわけにはいきませんよ。お店の邪魔になってしまいますからね」
ロトはそう言うと、柔らかい表情を浮かべた。
「ここは、私には居心地が良すぎていけない。本当に、放っておいたら何時間でも居続けてしまいそうです」
「ロトなら大歓迎よ?」
「はあ……そうやって甘やかすのがいけないんですよ、アリス」
苦笑いを浮かべたロトは、手早く荷物をまとめる。荷物といっても、端末くらいしか持ち歩いているのを見たことはないのだが。
「それでは失礼します」
バッグを片手に立ち上がったロトは、そう言って軽く頭を下げた。アリスもクラウスも、それに笑顔で応える。ニコルはカップを持たないほうの手を振って応えた。
「うん、気をつけて帰ってね」
「いつでも待っているよ」
「明日はおじさんとチェスでもしような、ロト」
ニコルだけは相変わらずの調子で、一同は苦笑を浮かべてしまった。
そうして、常連客が一人帰っていった。
「やれやれ……君は本当にぶれないね、ニコル」
ドアベルの乾いた音を聞きながら言ったクラウスに、ニコルがもう何杯目かになるコーヒーを飲みながら答える。
「ロトが真面目すぎるんだよ。こういうおじさんが息抜きの仕方を教えてやらんと、ああいうタイプは限界までやりすぎるんだ」
アリスは食器を片付けながらニコルの言葉に茶々を入れる。
「ニコルさんは、ロトと逆ね。限界までやらずに、息抜きばっかりするタイプ」
「おっと、そりゃあ心外だな。俺だってやるときはやるんだが?」
「いや、真面目くさった顔しても説得力はないかな……だいたい、真面目だったら一日中喫茶店にいないでしょう」
「ま、それもそうだな」
ニコルはあっさりと認めた。そこで、傍で聞いていたクラウスがアリスに声をかけた。
「アリス、それを片付けたら、休憩に入っていいよ。ピークは過ぎたみたいだから、一人でも回せるだろう」
アリスは、その言葉に目を丸くした。いつもならもう30分は遅い時間に休憩をとるのだが。
「え、そう大丈夫?」
心配になったアリスが尋ねると、クラウスはにっこりと笑った。
「大丈夫だよ。いざとなったら、ニコルにも手伝ってもらうからね」
いきなり矛先を向けたクラウスに、ニコルは浮かべていた笑みをひきつらせた。
「おいおい……人使いが荒いやつめ……」
「アリスの言葉を聞いて、思い直したんだ。友人の一人としては、時には厳しくいかないとダメなんじゃないかとね」
「このタイミングでそれか!?」
「というのは冗談だよ。純粋に、君は常連だし人あしらいがうまいから、オーダーくらいはやってのけられると思ってたんだ。物は試しだし、頼まれてくれないかな?」
「……はあ。そういう頼み方は、断れないのわかっててやってるな?」
「ふふ、付き合いは短くないからねえ」
にこやかに応じたクラウスは、再度アリスを見た。
「そういうわけだから、ゆっくりしておいで」
「そっか。じゃあお言葉に甘えるね!」
予想外に休憩時間がもらえたことも相まって、アリスは満面の笑顔で答えたのだった。
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