Chapter 1-episode 6

なんとなく沈んでしまったその場の雰囲気を打ち破ったのは、くぐもったバイブ音だった。発せられたのは、どうやらロトの端末からのようだ。

「すみません、少し失礼しますね」

ロトはそう言うと手早く端末を操作する。アリスはさりげなさを装いながらそっと三人の輪に加わった。

「キッシュ、持ってきたんだけど……何かあったの?ロト」

ぱっと顔をあげたロトは、アリスの姿を見るとやっといつもの笑顔を浮かべた。

「いえ、取り寄せしておいた本が届いたという通知のメールでした。これで一段と勉強もはかどりますよ」

その言葉に、ニコルはロトと対照的な表情を浮かべた。

「……ロト、君ってやつは本当に研究者気質というか、何と言うか……。少しは青年らしく、身体でも鍛えたらどうだ?何があるかわからない世の中だし、多少は喧嘩が出来た方が何かといいと思うぞ?」

ロトはキッシュにフォークをたてながら、ため息をついた。

「それが出来たら苦労はしませんよ。小さいころから、頭を動かすのは得意でも身体を動かすのは苦手なんです。それに、荒事は嫌いな性分ですし」

「やれやれ……そんな調子ではモテないぞ?顔が良いんだからもっと活用しろ」

「……余計なお世話ですよっ!」

切り分けたキッシュの欠片を突き刺したフォークをくるくるといじり、ニコルはにやにやとした笑みを浮かべた。ロトは少々ふてくされた様子でつん、とそっぽを向く。

人当たりがよくにこやかな表情を見せることが多いロトだが、ニコルとの会話ではこうした顔を見せることも間々ある。なんだかんだと言いながらも彼を慕っているのが目に見えるので、見ている側としては微笑ましい気分になる。

脇で見ていたクラウスが、笑みをかみ殺しながらニコルをたしなめた。

「こらこら、ニコル。ロトをあまりからかってはいけないよ」

「そういう君だって笑ってるじゃないか。説得力ないぞ、クラウス」

「お二人とも同罪ですよ!」

ロトは大人二人のやり取りにむくれ気味だ。アリスは、まあまあとカウンターに肘をついてクラウスとニコルを見やりつつ彼をなだめる。

「二人ともおじさんだから、からかい相手が欲しいだけよ。ボケ防止に付き合ってあげると思って、少しはいじられ役にもなってあげないと」

これにはさすがのクラウスとニコルも閉口せざるを得ない。手厳しい。伊達に毎日大人たちの相手をしていないだけある。

「クラウス……どうやらアリスの中では俺たちはボケ老人予備軍になっているようだぞ」

「そのようだねぇ……。そこまでボケているつもりはなかったんだけどなあ」

「君は天然無自覚だからな」

「やだなあ、褒めても何も出ないよ?」

ニコルはもはや何も言わなくなった。

アリスとロトはそのやり取りを聞いて、こっそり互いに顔を見合わせて笑った。そして、それと同時にアリスは内心で安堵する。ようやく、いつもの他愛もない日常の風景が戻ってきた気がした。

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