Chapter 1-episode 5


カウンターでは、何やら難しい顔をした三人が話し込んでいた。

「……まったく、こう言ってはなんだが〈災厄〉以来この手の物騒な事件が多くて困る」

ニコルがたまらないというようにため息交じりにぼやいている。〈災厄〉という言葉に、声をかけようとしたアリスは一瞬足を止めてしまった。

15年前――人工知能という人工物が、作り手たる人間に対して牙を剥いた。それまで生活の大部分を人工知能の働きに依存していた社会はありとあらゆる機能が停止し、深刻な社会崩壊を招く結果となる。その一連の出来事を、人々は〈災厄〉と呼んでいる。

この時、たくさんの子どもたちが親を失った。俗に〈災厄遺児〉と呼ばれる子どもたちである。アリスもまた、〈災厄遺児〉であった。

だが、アリスは幸運であった。クラウスという育ての親に恵まれたからだ。多くの遺児たちはそうした育ての親にも恵まれず、社会の底辺で生きるために犯罪に手を染めたと言われている。

ニコルの言葉を受けて、ロトは両手を組んでカウンターに置いた。普段柔和な笑みを浮かべている表情も、曇っていた。

「……やはり、〈紅の咆哮クリムゾン・ロア〉の存在は大きいのでしょうね……」

ニコルはコーヒーを啜り、だろうなぁ、とつぶやいた。

「何せ、〈雪花の騎士団アラバスタ〉でも手をこまねくくらいの連中だしな」

ロトはその言葉に、黙って目を伏せた。

〈紅の咆哮クリムゾン・ロア〉——今や、このゼルトザームで名を知らぬ者はいないとまで言われる巨大マフィア。〈災厄〉以後、遺児をはじめとする行き場を失った人々をまとめ上げ、勢力を拡大してきた。近年の凶悪犯罪のほとんどは、この組織が関わっているといわれている。

目下、このマフィアに対抗できるとすれば、犯罪対策組織である〈雪花の騎士団アラバスタ〉だが、世間の人々からの受けはそれほど良くはない。犯罪対策とは銘打っているものの、発生する事件があまりにも多いために対応が後手に回っているためだ。逆に言えば、それほどまでに〈紅の咆哮〉の社会における影響力は強いのである。

「……物騒な世の中になってしまったものだね」

クラウスが眉根を寄せて、どこか悲しそうな口調で言った。

「……そうだな」

ニコルは両手でコーヒーカップを包み込むと、らしくもなく陰のある表情で続けた。

「こんな時代を、渡したくはなかったんだが……」

その声はあまりに小さすぎて、アリスの耳には届かなかった。

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