Chapter1 ― episode2
〈ウィスタリア〉の常連客は、大抵開店とほぼ同時にやってきて長居をしていく。元気で物知りなのは大変結構なのだが、とにかく話したがりが多いのが玉にキズだ。それでいて店が混むようになってくると皆すっと帰っていくのだから、文句も飲みこんでおくしかない。そして、今日も例に漏れず、みな自分の定位置に座しておしゃべりに興じていた。
挨拶がてら各々のオーダーをとりに回った後、カウンターに戻ってくると、そこには楽しげに会話をしている店主―クラウスと客の姿があった。
「はっはっは、じゃあ今日もアリスに負けたってわけか」
朝の顛末を聞いて、カウンターの定位置で大笑いをしているのは、常連の一人であるニコルである。アリスはカウンターに入って彼に出来上がったコーヒーを出しながら、すん、とすました調子で答えた。
「そうなの。おじさんったら……これじゃあ店主の面目が立たないわよ」
アリスの横でコーヒーミルを動かしていた店主―クラウスは、困ったように眉根を寄せて口を開いた。人のよさそうな見た目に劣らず、性格もおっとりしていてお人よしだ。いつか自分が見ていないところで騙されるのではないかとひやひやしているが、この店の常連客達があちこちで何かと目を光らせているようなので今の所杞憂に終わっている。
「それについては何も言えないのがつらい所だけど……そんなに大笑いしなくたっていいじゃないか、ニコル」
クラウスが言うと、肩を揺らしながらニコルがコーヒーカップを手にした。それから傍らに置いてあるミルクをいれ、スプーンで数度かき回した後、口をつける。そして、また笑みを浮かべた。
「やあ、すまんすまん。君の反応が楽しくていつもいじりすぎてしまう。悪い癖だな」
彼はにっと少し意地悪な笑顔になった後、ふと柔らかい表情を浮かべてアリスを見た。
「……それにしても、アリスももう18だもんなあ。時がたつのは早いというか、なんというか」
突然向けられた話題の矛先に、アリスは少し目を丸くしてニコルを見た。少し翠を溶かし込んだような、きれいな色の瞳はどこか懐かしそうでさみしそうだった。
「だって、もうすぐ誕生日だったろう?おじさんも、感慨深くなるわけさ。あんなに小さかったアリスがってな」
「…………」
アリスは、どう答えたらいいのかわからずに沈黙した。隣にいるクラウスが、心配そうながらも見守っているのがわかる。
この話は―〈災厄〉にまつわる話は、今でも苦手だ。〈災厄〉で、両親を亡くしたから。あまりに幼かったから明確な記憶はないけれど、両親を亡くしクラウスに引き取られたことは純然たる事実だ。そのことを思うと、どう整理をつけたらいいのかわからない気持ちでいっぱいになる。
ニコルもその様子を敏感に感じ取ったのか、わざと明るい調子で続けた。
「ここにいる、みんながそう思ってると思うよ。何せ、みんなでかわいがってきたんだからな。親代わりを自負する連中なんか、いっぱいいると思う」
「……やだわ、そしたらみんな『お父さん』じゃない。うちの常連さん、みんな男の人なんだから」
苦笑交じりに言ったアリスに、ニコルはにやりと笑った。
「親父ばっかりっていうわけじゃないんだからいいだろう?ロトがいるじゃないか」
「ロトはどっちかって言ったら『お兄ちゃん』だねえ」
のんびりと合いの手を入れてきたクラウスに、アリスとニコルは呆れた表情を浮かべた。
「当たり前でしょ、ロトも『お父さん』だったらどうしたらいいかわかんないわよ」
「どっちもこっちもなかろうに……」
そのときだった。カラン、と乾いたドアベルの音が店内に響いた。
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