Chapter1:Beginning
Chapter1 ─ episode1
階層社会ゼルトザーム、第12街区。
中間層部に属するこの区画の片隅には、一軒の喫茶店があった。
カフェ〈ウィスタリア〉──この店の看板商品は、熟練の手業を持つ主人による深みのあるコーヒーと、じっくりと仕込んでつくられる極上のビーフシチュー。
それから、給仕役をしている娘のことも忘れてはいけない。
「おじさーん!早くしないと、開店に間に合わなくなっちゃうよー?」
若干乱暴にドアをノックすると、向こう側から慌てたような物音が聞こえた。それと同時に、ドア越しのくぐもった声が答える。
『ああ、わかってるよアリス!悪いけど、先に行って用意をしておいてくれ!』
その言葉に、アリスは苦笑を浮かべる。
「もうだいたい終わってる!あとはおじさんが降りてきて、私が入口の表示を変えてくればいいだけ!」
『そ、そうか……すまないね!』
「いつものことでしょ!」
アリスはそう言って笑みを深めたあと、もう一度声を張り上げた。
「それじゃあ、私はお店のほうにいるからね!焦んなくていいから、ボタン掛け違えて降りてこないでよ?また常連さんの笑いの種になっても知らないからね?」
『肝に銘じておくよ!』
その返答にくすっと笑うと、アリスはくるりと踵を返した。一拍遅れるように、結い上げていた金髪が揺れる。
狭い階段を下り、店の厨房脇へつながるドアを前にして、彼女はエプロンの紐をきゅっと締め直した。
「よし、今日も頑張りますか!」
そして、いつものようにドアを開けた。
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