03.軽薄なものだけが自らを知る

「朝陽さん、チョコレートアイスにフランボワーズソースはどうかな?」


アモンはどうやら、半分悪魔の世界に入っている私への興味が尽かないようで、毎日のように私に構いたがる。


「フランボワーズソースあるの?欲しい、欲しい。」


アモンと私で、2000mlの業務用のアイスをほじくって器に取り分ける。


ここは悪魔の棲む世界・・・ではなくて、私の棲む世界だ。


悪魔は元々こちらには自由に出入りが出来るそうだ。

自由に出入りして、人を面白半分にそそのかしたりしていると聞いた。全く、なんたる悪魔だろうか。けれど、ベリアルは「それが悪魔の仕事だからね」と笑っていた。ただ人間に悪魔の姿は見えない。私が「見える人はいるの?」と聞いて見たら「悪魔を召喚した人間か、朝陽さんくらいだよ」と答えてくれた。

アモンはこちらの住人には姿が見えない。

もっと言えば、ベリアルもこちらの住人の目には映らない。


未だに悪魔のことはよくわからないけれど、彼らの話によれば"人間が悪魔を【召喚】した場合、悪魔は全ての人間の目に移り、対等に話したりすることが出来る。逆に稀な事だけれど、悪魔が人間を【召喚】した場合、人間は全ての悪魔の目に映り、対等に話したりすることが出来る"そうだ。


「私も人間を【召喚】できればいいのだけれど」


アモンはフランボワーズソースをかけたアイスクリームを頬張ると「人間の食べ物はとても美味しい」と満足そうに笑う。

私はフランボワーズソースを見ながら、とてもアモンに似ていると思っていた。


【召喚】されて半月。

私の生活に何も異変は無いけれど、一つだけ沸いた疑問があった。


「ねぇ、どうしてベリアルは私・・・というか、人間を【召喚】したの?」


「それは、ベリアルにしかわからないことだね」


「彼に直接聞けばいいんじゃないかな?」とアモンはアイスクリームを頬張る。

私もまずはそうしたのだけど、ベリアルは荒れを知らないような唇で「愚問だね」と呟いただけだったのだ。


そして彼は人間の世界を非常に楽しんでいる。

犬や猫は嫌いだと言っていたけれど、私を【召喚】したからか、最近はすり寄ってくる野良猫が出てきたそうで、それに愛着がわいているらしい。アモンが「興味深い事があるんだ」と、遊具のない公園で野良猫と見つめあうベリアルのことを教えてくれた。

私はそんなベリアルの新たな一面より、なぜ私を【召喚】してきた理由がわからなくてウズウズしている。


「朝陽さんは、悪魔になって楽しい?人間には出来ない事が出来るようになったでしょう?例えば、ベリアルの能力を使った感想を教えてくれるかな?」



「ベリアルの・・・いや、別に、便利だなって感じ。座ったままで色んなものに手が届くし。」


「面白いね。それはベリアルの能力じゃなくて、悪魔の一般的な力だよ。朝陽さんはもしかして、まだベリアルの個体能力を使ったことはないのかな?」



そういいながら、アモンは空のティーカップに手をかざした。

そしてそのままスーッと布のように柔らかく手を上に移動させると、ブクブクと紅茶がティーカップに現れた。それを見て自分も真似てみるけれど、止め際が難しくて溢れてしまう。

アモンが笑いながら「すぐに慣れるよ」と教えてくれた。その微笑みを見ながら、昔聞いた「ふしぎなポケット」の歌を思い出す。ポケットの中にはビスケットが一つ、ポケットを叩くとビスケットは2つ…。

もしかしたらあれは悪魔が作った歌かもしれない、なんてあり得ないことを考えてしまうのはやはり、私が悪魔と出会ってしまったからだろうか。


「悪魔には一体、一体、個別の能力がある。例えば私は、過去と未来の知識を与える事が出来る。人間同士の不和を招いて争いを起こすことも得意だ。*


「過去と未来・・・」


「そう・・・たとえば・・・」


そういうと、彼は私の目の前に人差し指を出した。

そして一つ呼吸を置くと、「君は飼い殺されている」と告げた。

私はその指をジッと見て「ふぅん」と呟くと、アモンは不思議そうに口をへの字に曲げる。


ベリアルも美しいけれど、アモンもまた美しい悪魔だ。


ベリアルは夜明けのような美しさがある。

サンサンと照る朝陽に似て、色々なものを照らす怖さがある。

アモンは夕暮れのような美しさだ。

しっとりと落ちる闇が、何もかもを包み隠していく不気味さを秘めている。



「動じないね」


「誰でも知ってるしね。隠しているわけでもない。」


「やっぱり、興味深い。一つ教えてあげるとするなら、ベリアルの名前は"無価値"を意味する。」


「無価値」と繰り返した。

なんて親近感の沸く言葉なんだろう。

私がこの家で飼殺されている理由があるとすれば、「無価値」だからだ。


代々政治家を排出しているこの家は昔から「男」が常に大事だ。

このご時世に、と思われるかもしれないけれど、未だにそういう家系は多く存在する。

神童と呼ばれた兄を産んだ実母は、父にも父の両親にもたいそう喜ばれたそうだ。

けれど、第二子である私は女だった。だから、三行半を喰らった。時代錯誤にもほどがある。けれど、残念ながらこの「神田一族」はそういう人間の集まりだ。


私も実母と追い出される運命だったらしいけれど、父が「政略結婚には役立つ」とこの家に留めたらしい。その後に嫁いできた後妻が今の母。男の子を二人産んだ彼女は、この家にとってまるで女神のように崇められている。


そして成長した私は、先日のベリアルの一言で表されたように「地味」だ。

だから政略結婚にも役に立つかはわからない。「役に立たない女でも、外見があれば少しは価値が出たのに」というのが、この家の意見だったりする。


「ベリアルの能力は素晴らしいよ。彼は、国一つを容易く滅ぼしてしまえるからね」


「君はまだ、誰も誘惑していないのかな?」と彼は続けた。

誘惑、なんて生きてきた中で一番と言っていいほど縁遠い言葉だ。


「人間と関わって、試してみるといい。朝陽さんにはそういう能力がすでに息づいているはずだよ。能力は生き物だから、使ってあげないと可哀想だと、私は思うしね」



「ありえない。誘惑なんて。無理よ。」


「そうかな?じゃぁ教えてあげる。男でも、女でも、ただ目をジッと見ればいい。言葉も笑顔もいらないんだよ。」


アモンはそういいながら、ヌラリと消えた。急にあらわれて、急に消えていく奴だ。


翌日、登校する時にいつも通り野崎さんが「送りますよ」と車を出してくれたけれど、私はそれを断った。

アモンの言葉をうのみにしてしまう自分が少しだけ情けなく感じたけれど、試してみるのもいいかもしれないと思ってしまったからだ。


ポツリポツリ歩きながら、すれ違うサラリーマンをジッと見つめた。


気付かずにすれ違う人が多い中で、一人だけ目の合った男性が居た。30代半ばくらいだと思う。携帯片手に急ぎ足で私に向かい合うように歩いてきたから、私はジッと見つめた。

彼は私の視線に気づくと、最初は怪訝な様子だったけれど、段々と目の奥に炎を揺蕩わせこちらに近づいてきた。そうして私に手を伸ばす寸前でジリジリ・・・という音と共に足元に火がついたのだ。


「えっ」


それからあっという間に、そのサラリーマンは燃え尽きた。

灰のようなものがハラハラと舞って、彼は消えてしまった。彼の立っていた場所には、焦げ付いた足跡だけが残っていた。


「アモンに上手くのせられたね。でもまぁ、いずれわかる事だし、悔やむことはないよ。これから君が背負っていくチカラだしね」



振り返るとベリアルがいた。

出会った時のように宙で足を組んで、コチラを見ながら柔らかく微笑んでいる。


「心配しなくていいよ。悪魔のチカラに消されるってことは、根本から消えるってことだから。彼が存在したことを知っているのは、もうすでに僕と君だけって事になる。」


「でも今度からは人通りは考えた方がいいと思うなぁ」と笑っている。

私は思わず「そんなところで何してるの?」と質問をぶつけた。

ベリアルは「人を消しておいて、割と余裕だね」と嬉しそうだ。

確かに、私には全く罪悪感が見当たらなかった。

彼は焦げ付いた足跡を見ながら「骨の髄まで焼けちゃったね。加減がわからないと、こうなっちゃうんだ」と告げる。


"根本から存在しないように、消してしまえる"


全身が奮い立つような感覚を覚えて、思わず足を動かした。一歩、一歩と行くべき場所に向かって歩き出すと、ベリアルが「ねぇ、それ制服ってやつだよね?いいなぁ、僕も着てみたいなぁ」とどうでもいい事を話しながら後ろをヒョコヒョコとついてくる。

もしかしたら、私のこの感覚をアモンは御見通しだったのかもしれない。


初めて自分が怖くなった。

私には、悪魔の能力が息づいている。


アモンの笑顔が浮かんでは、あの時のようにヌラリと消えた。

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