番外編〜オーバーザウェイブ
「……」
水着に着替えた後、おれはプールサイドで遥香が来るのをそわそわとしながら、待っていた。
というか、何故、おれはこんなところにいるのだろうか。
そう。思い出せば、埋め合わせしなさいと言われ、考えた末にここに来たんだ。しかし、ハードルが高い気がする。
それもそのはずだ。何故、ここを選んだんだ、おれは。一体、何を考えていたんだ。
チケット渡した時も遥香はキョトン顔だったし。それに何故かやたら緊張する。
いやいや、落ち着け。友達とプールに来ただけ。そう思えばいいんだ。何も難しく考えることはない。いや、でもおれ、友達とプールに来たことないわ……
って落ち込んでどうする。
おれは頭を横に振り、気持ちを切り替える。
それにしても人が多いな。
おれは周りを見回す。
カップルや友達同士、家族連れなど様々な人達がこの大きなプールを楽しんでいた。
しかし、かなりの広さを誇っているからか、人の多さのわりには所々、多少のスペースが空いていた。
「……」
と、そんなことを思っていた時、後ろから悪寒が背中を襲う。
やばい、喰われる。
聞いてないぞ。プールにライオンが放し飼いされてるなんて。おかげでおれは今日の晩御飯にされちゃう……って、そんなわけないか。
これは睨んでいるのか。おれを。
ははは。ならば、受けて立とうじゃないか。
「……」
ゆっくりとおれは悪寒のする方を振り向いた。
「……」
そこには水着に着替えた遥香が、ものすごい形相でこちらを睨んでいた。
周りにいるお客さんも若干引いている。
なんか背中から紫色の邪悪なオーラが出てるし。
このまま放置してると色々やばそうだし、とりあえず話しかけてみるか。
「睨むのはやめてほしいんだが」
「うっさい。大体なんでプールなんかに誘うのよ……」
そう言って、恥ずかしそうに身体をくねらせる。
おい、やめてくれ。
なるべく意識しないようにしてたのに、意識してしまうじゃないか。
控えめな水着を着てくるのかと思ったら、なんと予想を大幅に良い意味で裏切るビキニ姿で遥香は現れた。
おかげで、そのボディがやけに強調されてて、腰から上がほとんど見れていない。
かといって、腰回りもやたらきゅっと絞まっていて、もはやそれは生き地獄に近かった。
思春期の男子にとって眼福ともいえるシチュエーションだが、実際、そういう場面に遭遇したら戸惑ってしまうのが現実だった。
「ま、まぁとりあえずせっかく来たんだし、泳ぐか……」
気まずい空気をなんとかしようと、おれはプールサイドまでやってきて、努めて明るく振る舞う。
「あれ、でも、そういえば、遥香って……」
念入りに準備運動で身体をほぐした後、おれはふと昔のことを思い出した。
あれは確かおれが小学校3年の時、おれと親父と門川家でプールに遊びに来た時のことだ。
遥香はその時、泳げなくて、反対におれは泳ぐのが好きだったから、少し……というか、かなりからかった事があった。
後で親父にめちゃくちゃ怒られて、遥香に謝ったっけ……
あれから、プールに行くことはなかったけど、さすがに泳げるようにはなってるよな?
まぁ遥香は完璧美少女だし、むしろ、泳げるのが当たり前というか。
「あ、あたしが泳げないわけないでしょ……?オリンピック選手の候補に上がるくらいの華麗な泳ぎをしてるんだから」
しかし、言葉とは裏腹にプールサイドに近づくたびに、何故か少しだけ足が震えているような気がする。
「そ、そっか……」
まさかとは思うが……
いやいや、そんなつまらない意地を張るような奴ではないだろうし、きっと大丈夫だ。
おれは自分に言い聞かせながら、プールの中に入った。
「ふぅ、気持ちいいもんだな」
水は程よい冷たさで、火照った身体を冷やしてくれる。
色んな意味で火照っていたし、ちょうど良いクールダウンになったな。
「おい、遥香も入ってみたら……」
言いながら、おれが後ろを振り返ると、そこには遥香はいなかった。代わりに……
「……」
ブクブクと泡を盛大に放出しながら、プールの底に沈んでいく影がそこにあった。
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