大繁盛
「7番テーブルのオーダーはまだ!?」
「もうすぐです……!」
「了解。じゃあ、先にドリンクだけでも運んでおくよ!」
「お願いします……!」
開店から2時間が過ぎた、ちょうどお昼時の12時過ぎ。喫茶店「アポロ」は大繁盛していた。
まさか、ここまで混むとは……!
額の汗を袖で拭いながら、フライパンの中を手際よく振りながら、炒めていく。
アポロでは、ランチメニューが3種類あり、どれも1000円以下のリーズナブルな価格となっている。
但し、日替わりなどではなく、毎日メニュー固定である。Aランチがオムライスとサラダ、ドリンクのセット、Bランチがナポリタン、Cがハヤシライスとなっている。
付近には、リーズナブルな価格でランチを食べられるお店があまりないらしく、そう言った理由からアポロにはランチ開始から多くのお客さんが来店するそうだ。
現に今も満席状態で、おれは次々とやってくる注文を処理しながら、動き回っている。
しかし、ここまで混むとは……
それに同時に大人数の注文を捌けるほど、手際もまだ良くないし……
幸いにも優さんや皐月さんが注文を取ってくれたり、合間でドリンクやサラダを作って、運んでくれるおかげで、おれはメインの料理を作るだけで済んでいる。
さて、あとどれくらいやれば、この状況から抜け出せるのだろうか……
そう思わずには、いられなかった。
と、その時。
「中々の賑わいね」
入り口の方からそんな声が聞こえてきた。
しかし、あまりの忙しさにおれはそれが誰なのか、みている余裕はなかった。
「さて、何からやればいい?」
「皿を洗えてないから、まずはそれから頼むよ」
「了解」
そんな声のやりとりがカウンターの方から聞こえてきたと思うと、誰かがキッチンの中へと入ってきた。
「頑張ってるみたいね」
おれはその声がする方に顔を向けると、見知らぬ女性が立っていた。
おれがきょとんとした顔で女性を見ていると優さんが声をかけてきた。
「ああ、はじめましてになるよね。妻の梨花だよ。まぁ挨拶は後にして、とりあえずこの状況を乗り越えよう」
「そうよ。それにもう少しだから、頑張りましょ」
そう言って、梨花さんがおれの肩をポンと叩き、台所の洗い場で皿を手際よく洗っていく。
もう少しで料理を盛る皿も無くなるところだったので、非常に有難い。
思わぬ助っ人登場だ……
おれは心の中で盛大に感謝しながら、料理作りに集中するのだった。
♦︎
「はふ……」
皿洗いを終えた途端、全身の力が抜けたようにおれはイスにゆっくりと座った。
「お疲れさま。コーヒーでも淹れようか」
そう言って、優さんはキッチンに入ってきたかと思うと手際よく、コーヒーを淹れる準備を進める。
「優さん、疲れてないんですか……?」
おれなんてもうクタクタで、今すぐにでもベッドに寝転がりたいくらいなのに。
「疲れてないわけじゃないけど、慣れてるからね。これくらいで根を上げてちゃ、経営なんてできないよ」
ははっと笑いつつ、コーヒーをおれの前に出してくれる。
「梨花と皐月も終わりにして、少し休んだらどうだ?」
優さんはカウンター越しに店内の後片付けをしている2人に声をかける。
「ええ、もう少しで終わるから、これだけやっちゃうわね」
梨花さんはそう言って、応えた。
「あ、ねぇ、優さん、ちょっと相談があるんだけど……」
そんな中、皐月さんはやけに言いづらそうにしながら、キッチンに近づいてきた。
「正社員で雇うほど、うちは儲かってないんだ。悪いね」
「って、まだ何も言ってないんだけど!?」
「最近、ここに来るといつもその話じゃないか。それに新しくコックも雇ったところなんだ」
そう言って、優さんはおれの肩をポンと叩いた。
おいおい、今の言い方だと元々雇うつもりはない上に、おれが来たからその話は余計に遠くなった。みたいに聞こえるじゃないか……
なんか恨まれたりしないかな……
しかし、おれの考えは杞憂だった。というより、皐月さんは大人の対応だった。
「はぁ、まぁこれも今まで私が遊んできたツケが回ってきたってわけか」
「そうよ?大学卒業して、ろくに就職もせずに遊び回ってばっかりで。お母さん、大学に行かせるんじゃなかった。って、口癖のように言ってるんだから」
片付けが終わったのか、梨花さんがカウンターに座り、コーヒーを飲みながら、そう言った。
「まぁバイトとして来てくれる分には有難いから、しばらくはうちに来なよ。まぁ働き方によっては正規で雇うのもアリかな……」
「えっ?!それ本当!?」
「ちょっと、あなた。あまり甘やかさないで下さいよ」
「ははは、悪い悪い」
なんか家族っていいなぁ……
おれの家は、早くに母さんが亡くなって、父さんとは色々思い出はあるけど、こういう家族団欒っていうのか、そういうのに憧れたっけ……
目の前で繰り広げられる光景を見ながら、おれは思わず、昔のことを思い出す。
そして、遥香ともこんな家族になれたらいいなと心の底で思うのだった。
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