シンクロ

程なくしてステージに上がり、遥香、穂花の隣に立つ。持っていたドリンク等は裏方に置いておく。


「なんで、こんなとこにいるんだよ……?」


「それは後で話すから……」


小さな声で遥香に尋ねるが、そう言われるだけだった。


「それじゃあ、ようやくお揃いの様なので、始めていきましょう!」


トレーナーのお姉さんがそう言うと、おれ達の目の前にある大きなプールからザバァと大きな音を立てて、シャチが現れた。

シャチが出てきた途端に観客席の方からは大きな歓声と拍手が。


「それでは、1人ずつ、カルー君に手を出してみて下さい!」


どうやら、シャチはカルーという名前らしい。そして手を出したら何やら芸を見せてくれるみたいだ。

手を出す先頭は穂花。

プールの方へと屈み、ゆっくりと手をカルーの前へと差し出す。

すんすんと、まるで犬のように匂いを嗅ぐ仕草を見せたカルーだったが、そうしただけでその後は何もなく、ドボンとプールの中へと潜っていってしまった。


「あ、あれ……?失敗しちゃったかな……」


苦笑いを浮かべながら、こちらに振り向く穂花。

観客席からも、どうした、どうしたとざわつき始めている。

その様子を見たトレーナーのお姉さんが慌てた様子で大きな声を上げた。


「だ、大丈夫です!カルー君、少し緊張しちゃったのかな?では、次の方、お願いします!」


やや強引ではあるが、バトンを遥香に託す。遥香は少し躊躇った様子を見せたが、すぐに前へと進み、穂花と同じように手を差し出す。

再び、カルーはプールから現れたが、今度は何もせず、顔を出したまま、こちらを少し見た後にこれまたプールの中へと潜っていってしまった。


「……」


完全に無視されてしまった遥香は、ワナワナと震えだした。あ、これはやばい。

危険信号を感知したおれは、咄嗟に遥香の手を取ってこちら側に引き寄せた。


「あたしを無視するとはいい度胸じゃない……」


おれに手を引かれ、戻ってきた遥香が周りに聞こえないくらいの小さな声でそう呟く。

彼女の性質上、無視されるなんて経験はなかったのだろう。それが例え、動物だとしても許せなかったようだ。


一方、トレーナーのお姉さんもどうしたらいいのかという感じになっており、ステージ全体が完全に静まり返っていた。


その時、今のこの空気を感じたのか、カルーがプールの中から顔を見せた。

そして、何故だかおれの方をじっと見てきた。


「……」


「……」


お互い、無言で見つめ合う。

シャチの目をちゃんと見たの初めてだな。

というか、二度とない経験だと思う。

それより、こいつの目、なんか懐かしいというか、見たことあるというか……

何故か親近感を覚えてしまう。なんだろう。この感覚。初めてだ。


「はっ……!」


その時、おれは直感で気づいた。

そうか。なるほどな。お前もぼっちなのか。

ここに仲間がいないんだな。確か、他のシャチは随分前に別の水族館に行ってしまったんだっけ。

今は独りぼっちってことか。そんな中でショーに駆り出され、嫌になっているのか。

いやいや、安心しろ。そんなことはないぞ。

トレーナーのお姉さんがいるじゃないか。

愛情を注いで、世話をしてくれている。

何より、お前目当てでこんなに大勢のお客さんがきているじゃないか。それってすごい幸せなことだぞ。羨ましい限りだ。


って、おれはシャチ相手に何語りかけてんだか……

全くどうかしてるぞ。それに心の中でこんなこと言ったって、わかるわけが……


目を瞑り、そう思った瞬間。


ザバァーン!!


プールの方から大きな音がしたかと思うと、観客席の方から歓声が上がってきた。

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