番外編その2
ある日の土曜日の昼過ぎ。
あたしは珍しく、台所の前に立っていた。
もちろん、料理をするためにだ。
しかし、料理なんてまともにした記憶がない。高校に入ったくらいから、両親が仕事で平日は家を空けるようになった。それでも、スーパーの惣菜、カップ麺、出前などで乗り切ってきた。
しかも、京介が家に来てからは平日は毎日、彼が料理を作ってくれていた。これがまた美味しいのなんのって……今はそんなことを思っている場合ではない。
あたしが台所に立ったのは、訳がある。
そう……
完璧女子のあたしがいつまでも彼氏に甘えっぱなしになる訳にはいかない!!
気合とともにグッと拳を握る。
いくらなんでも、一度くらい作るべきよね。
勉強もスポーツも人間関係もなんでも上手くいってきた。
だから料理だって、きっと上手くいくはず……
今まではやる気がなかっただけでやる気を出せば、料理なんて……
そして、完璧な料理を京介に出して、美味しい!って言ってもらうんだ……!
幸いにも京介は今日、お父さんに連れられてどこかに行っている。将来のためだとか言ってたけど、詳細はわからない。最も帰ってきたら話すとは言っていたけど。とにかく、今がチャンスなのは間違いない。
「ふふ、ふ、ふふ……」
「遥香……なんか変な笑いが溢れてるけど……」
後ろからお母さんの声が聞こえてくる。
「大丈夫。それより、お母さんは手を出さないでね。あたし1人でやるんだから」
「とてつもなく不安なのだけれど……」
お母さんが小声で何か言ったようだが、気にしないようにしよう。
それより、問題は何を作るか。
そういえば、京介の好みってなんだっけ。
コーヒーかな。よく飲んでるし。それなら簡単に作れる。
って、確かに好みだけど、それは飲み物。
食べ物となると……
「あ」
そこで、あたしは思い出した。
確か、天ぷらが好きだったはず。
昔、一緒に晩御飯を食べた時に好きだって言ってた気がする。
よし、決まりね。
あたしは意気揚々とエプロンを身につけ、冷蔵庫の中から食材を取り出し、調理に取り掛かった。
待ってろよ、京介……
……………………………………
「で、これが出来上がったわけか……」
「うん、ごめん……」
「いや、まぁ気持ちは嬉しいんだけどさ……」
帰ってきて早々、異臭がするので、台所に駆けつけると、そこには遥香がいた。
そして、無言で目の前に出された料理を恐る恐る箸でつまみ上げた。
天ぷらを作ったらしいが、まさか、にんじんとナスを丸ごと一本、油で揚げるとは思わなかった……
しかも、天ぷら粉やパン粉や卵を付けず、そのまま、油にダイブ。まさに素揚げといった感じに。
おかげで中の水分が抜けて大変なことになっている。
豚肉も同時に揚げたみたいだが、全然火が通っておらず、中は生のままだった。
これを食べるには、相当な覚悟が必要だと思う。よっぽど、食べるものがない時くらいかな。飢え死に寸前とか。
「今度は2人で料理を作ろうな……」
「うん……」
遥香はしゅんとした感じでイスに座り、うなだれていた。その横には京香さんもいた。話を聞くとうっかり昼寝してしまい、起きた時には大惨事の後だったらしい。
結局、その日は全員で台所の片付けをした後、ピザの宅配を頼むのだった。
まぁ遥香の気持ちはものすごく嬉しかったけどね……
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