進路

「そういうわけで、その……親父のおかげだよ」


「全く、お前ってやつはとんだヘタレ野郎だな。父さん、悲しいぞ。よりにもよって、好きな気持ちを隠そうとするとはな」


「いや、もうそれは本当に反論の余地もないよ……とにかく、ごめん……」


その日の夜。おれは部屋で親父に電話をかけていた。もちろん、遥香と付き合うようになった報告と修学旅行中に届いた親父からのメールのお礼だ。最も後者の方がメインである。


「まぁ結果オーライってやつかもしれんが、女の子を泣かせるのは理由はなんであれ、本当に最低だ、クズだ、ゲス野郎だ、というわけで京介、お前、死刑な。刑の執行人はもちろん、父さんだから」


「いや、極端すぎるだろ!?」


「それぐらい酷いってことだ。オレだって母さんを泣かせたことは無かったぞ。最もプロポーズした時は泣かせてしまったが」


「あー、そうですか……」


久々に聞く母さんという単語。

話を聞くに親父は母さんにべた褒めだったらしい。たまに母さんの話が出てくるが、この話が長いのなんのって。だって、母さんのどこに惚れたとかそんなんばっかりで、うんざりした記憶しかない。本人にとっては大切な思い出なんだと思うが。


「それより、お前たちの結婚式はいつなんだ?父さん、ちゃんと休み取って帰るからな。あ、それかこっちで結婚式するか?それもありだと思うが」


「いや、それは早すぎるから」


つい数日前に付き合ったばかりなのに、もう結婚式挙げるとか早過ぎだろ。どんなスピード婚だよ。


「ほぅ。早いか。ということは、いずれするつもりなんだな」


「うっ……」


電話越しでも分かる。きっと親父は今、ニヤニヤとした笑みを浮かべているはず。

しかし、あながち間違いでもないので、特に否定はしないでおく。


「まぁとにかく、これからはお前も1人の男として遥香ちゃんのことをしっかりと守って、幸せにしてやれよ」


「ああ、もちろんだよ。あ、それからもう1つ、親父に言いたいことがあったんだ」


「ん?なんだ?」


「おれ、海外には行かないよ」


「そうか。それは残念だな」


残念と言いつつ、どこか嬉しそうに聞こえるのは気のせいだろうか。いや、気のせいではないと思う。きっと親父には、おれの心の内が分かっているはずだ。


「それじゃ、そろそろ電話切るぞ。仕事に行かないといけないからな」


「ああ、それじゃまた連絡するよ」


そういって、おれは電話を切った。

さて、海外行きは断ったが、これからの進路はどうするかな。とりあえず、遥香はどうするつもりなのか聞いてみるか。














「もうそんなところまで考えていたんだな。さすがだよ、遥香は」


「まぁ志望動機は微妙なところだけどね」


言いながら、苦笑する。


次の日の昼休み。おれは遥香と一緒に昼ご飯を食べていた。もちろん、いつものように中庭で。

というのもいつも通り、1人で食べようとしていたら遥香が後からやってきたのでびっくりした。もちろん、これには大歓迎である。彼女と一緒にご飯を食べた方がご飯も美味しいに決まっているからだ。それに何より2人きりで過ごせる。


その中でおれは遥香の今後の進路について聞いてみた。すると、意外な言葉が返ってきたのでおれは少し驚いたが、同時に納得もした。


「でもいいじゃないか。昔からの夢を叶えるために頑張るってすごいと思うぞ。それに似合っていると思うし」


「あ、ありがと……」


少し照れたように赤を赤らめ、上目遣いの遥香。やばい、すっごくかわいい。

抱きしめようかな。うん、彼氏なんだし、いいよね。あ、でも誰かに見られたら面倒だし、やめとくか……

ものすごく残念だが。よし、家に帰ってから抱きしめよう。


「それより、京介はどうすんの?お父さんからの海外の件もまだ返事してないんじゃ……」


「あ、いや、それは昨日電話で断ったよ。やっぱり遥香とここで暮らしていきたいし。それにまだ具体的には決めてないけど、とりあえず遥香と同じ大学には行くつもりなんだ」


「そう……なんだ。一緒に暮らすか……ふふ……」


やけにニヤニヤする遥香。なんだ、そんなニヤニヤするようなワードだったのか……?


「と、とにかく遥香の進路が聞けてよかったよ」


おれのやるべきことは決まった。

彼女のためにそばにいてやること。夢を応援すること。

しかし、おれ自身のやりたいことが見つかっていないのはなんかすごく恥ずかしいことのように思えてきた。

果たして、大学に行ってから、遥香のように立派な夢と呼べるものが見つかるのか。

それだけが心配だ。




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