甘い空気

「ねぇ、これ、懐かしくない?」


翌日の土曜日の朝の9時過ぎ。

リビングでコーヒーを2人分淹れたタイミングで遥香が何かをリビングに持ってきて、それをテーブルの上に置いた。

ちなみに昌樹さんと京香さんは昨日、飲み過ぎたみたいでまだ寝ている。娘に彼氏ができたってだけで、どんだけ喜んでるんだよ……


「卒業アルバムか……」


それは小学校の卒業アルバムだった。

おれと遥香は向かい合う形でイスに座る。


「なんか急に見たくなってさ」


そう言って、やけに嬉しそうにアルバムをめくっていく。

穂花が転校してきた日の夜に1人でこっそりと自分の卒業アルバムを眺めていたが、まさかその半年後に遥香とこういう関係になるとは予想外だったな。

まぁあの頃からお互い好き同士だったとは思うが……


「なぁ、1つ聞いていいか?」


「うん?」


「いつからおれの事を好きになってくれたんだ?」


その質問に対して遥香は少し間を置いた後、ふっと笑みを浮かべて、こう言った。


「ずっと前からよ」


「え……?」


「小学生の時からずっと好きだった」


「そう……だったんだ……」


予想外の言葉におれはなんて言って良いかわからず、少しの間、放心状態になってしまう。

そんなおれに構わず、遥香は言葉を続けた。


「でもね、中学生になって、京介が周りと合わなくなってきてるのを見てるうちに、段々と怒りがこみ上げてきてね」


「怒り……?」


「うん。あたしが好きになったのはこんな男の子じゃない。なんでもっと昔みたいに周りと馴染まないのよ。って思うようになってきて」


「……」


「それでいつしか京介を避けるようになった。正直、家に来た時もすごく嫌だった」


苦笑混じりにそう言う遥香。


「でも遊園地での京介の昔と変わらない姿を見て、自分を犠牲にしてでも周りを守ってくれる。何も変わってなかったんだって思ったの。そこからかな。また好きな気持ちが出てきたのは」


「……」


ようやく聞けた遥香の本音。

嬉しくもあり、長い間、待たせてしまったことを心の中で後悔する。


「待たせてごめんな……」


そう言って、遥香の手を握る。

それに対し、遥香はぎゅっと握り返してくれる。


「いいのよ、もう。今はこうして恋人同士になれたんだし。京介がよく言ってたリア充ってやつにね」


「リア充か……」


あんなに嫌ってたリア充に、おれもとうとうなったわけだ。さすがに街中でイチャイチャするのは恥ずかしいから無理そうだが、こうして手を握るくらいはしても良いよな……?そんなことを思いながら、おれはしばらくそのまま遥香の手を握っていた。


「だめだ、母さん、ここは既に若者の甘い空気で一杯になっている……」


「私達には耐えられそうにないわね。ガスマスクいるかしら……」


そんな言葉がドア越しに聞こえてきた。

声だけだが、誰が言ってるのかは見当がつく。というか、別に入って大丈夫なんだけどな……

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